カテゴリー「宝塚」の32件の記事

2009年8月 2日 (日)

グラン・アモール 偉大なる愛(2)

オーストリア后妃エリザベート。

19世紀のヨーロッパでもっとも美しいと言われた女性。

ハプスブルグ家の最後の輝き、そしてその栄華の幕引きを果たした女性。

「シシィ」

オーストリアで、そしてハンガリーで、今もその愛称で呼ばれる、

誰もが愛さずにいられなかった后妃の、自由への渇望と孤独。

舞台版のエリザベートは、オーストリアの宮廷での不自由な暮らしから逃れ、

夫フランツから、姑ゾフィから、そして息子ルドルフから、遠くへもっと遠くへと、

旅を続けるエリザベートが描かれます。

そして、あるときエリザベートはすべてを悟ってしまいます。

 

旅することで自由にはなれない、魂は束縛されたまま、生きている限りは。

 

物語の冒頭、シシィが父親と歌うナンバーが好きです。

「自由に生きたい! パパのように」

思いもかけずオーストリアの后妃となったことで、シシィの人生は狂っていきます。

ゾフィによる人格さえ踏みにじる皇后教育、子どもを奪われ、好きな乗馬もできない、

頼るべき夫フランツは強い母親のいいなり。

そんなシシィを、黄泉の帝王トートは「死」へ誘います。

でもシシィは、「生きてさえいれば、いつか自由になれる」と信じ、

選ぶのは私、決めるのは私なのだと、高らかに歌い上げます。

ミュージカル「エリザベート」中、もっとも感動的といえるこのナンバーは、

しかし、結局シシィを裏切ります。

だって、「死」によって、愛を、安らぎを得る、それが結末でいいのでしょうか。

歴史上のエリザベートは、61歳で、舞台と同じように旅先で暗殺されます。

暗殺者ルキーニの刃を、避けずに受け止めるエリザベートは、

トートの愛を受け入れた、ということなのでしょうか。

どうみたって、人生に疲れ果て、もうどうでもいいやと身を任せた末の死。

それは、安らぎというよりあきらめに見えます。

生きているうちに、自由にはなれなかった。

死んで、愛も魂の自由も得た、これからは限りのない愛を二人で・・

と、舞台上では純白の衣装のトートとエリザベートが幸せそうに寄り添い、

フィナーレを、迎えます。

それだけ観れば、なんてドラマチック、とってもロマンチック、なのですが。

でも、それっていきなりだし。

なんだか、どこかが違う。

いつエリザベートはトート(死)を愛したの?

トートは「生きたお前に愛されたい」んじゃなかったの?

 

なんか、とってもひっかかります。

ごまかされているような気が。

 

宝塚版だから、「愛」を主題にしなければならなかったから、

無理やりこじつけた潤色だったのかな、などと勘ぐったり。

機会があったら、東宝版の「エリザベート」も観てみようかと思います。

 

宝塚月組公演「エリザベート-愛と死の輪舞-」

2009.7.10-8.9 東京宝塚劇場

脚本・歌詞:ミヒャエル・クンツェ

音楽:シルヴェスター・リーヴァイ

潤色・演出:小池修一郎

出演:瀬奈じゅん(トート)、凪七瑠海(エリザベート)、

霧矢大夢(フランツ・ヨーザフ)、明日海りお(ルドルフ)

 

 

 

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2009年8月 1日 (土)

グラン・アモール 偉大なる愛(1)

死が人を愛する

では、人は死を愛せるのか

 

もう8月になってしまいましたが。

7月28日に、宝塚月組公演「エリザベート」を観てきました。

実は、生で観たのは初めてです。

映像では初演雪組版から新人公演なども含め、数バージョン観ているのです。

でも生は初めて。

やはり何度も再演され、宝塚以外でも上演されるだけの見ごたえあるミュージカル。

なんといっても、オーストリア=ハンガリー帝国(ハプスブルグ帝国)という、

歴史上の華やかでドラマチックな設定を、

ゴシック様式風の美術、絢爛たる衣装、ロック調ありバラード調ありの、

とにかくすばらしい楽曲の数々が彩るのです。

キャラクターの魅力も言うまでもありません。

宝塚版では黄泉の帝王トートが主役ですが、東宝ミュージカル版では、

「死」にさえ愛された美貌のオーストリア皇后エリザベートが主役。

(こちらはまだ観たことないのですが)

エリザベートを暗殺するテロリストで、この物語の狂言回しであるルキーニ。

エリザベートを愛し続けるオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ。

反逆の罪を犯し、自殺する皇太子ルドルフ。

そして忘れてはならない、男なみの支配力を持つ皇太后ゾフィ。

物語の中で、くっきりと、これらのキャラクターが浮かび上がってくるという、

どの役も演じがいがありそうで、そして見飽きることのないおもしろさ!

これらを作り出したのは、

もちろんオリジナル版の脚本・歌詞のミヒャエル・クンツェ、

音楽のシルヴェスター・リーヴァイの力であり、

宝塚版、そして東宝ミュージカル版の潤色・演出をてがける、

小池修一郎のお手柄でしょう。

 

でも、このミュージカルを観るたびに、実はいつもどこかしっくりこない感じが残ります。

それは、つまり「死」というものに対する、

西洋と東洋の考え方の違いなのではないかなと、漠然と思ってきました。

黄泉の帝王、つまり「死」であるトートは、人間の娘エリザベートに恋をし、

おまえを殺すより、生きたおまえに愛されたいと、彼女を生かし続けます。

そんなトートに対し、狂言回しのルキーニが観客に問いかけます。

「死が人を愛した。では、人は死を愛せるのか。」

 

今まで観た宝塚版の「エリザベート」で、たしかに黄泉の帝王トートは、

エリザベートを愛していました。

どのトート役者も、その点では、それを表現しえていたと思います。

では、エリザベートはトートを、「死」を愛したと言えるのでしょうか。

この点に関しては、どのエリザベート役者も、それを納得させてはくれませんでした。

それは、今回も同じなのです。

そこが、どうしても、わからない。

 

でも、今日のところはここまで。続きは後日。

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2009年6月15日 (月)

いつのまにか・・・

ご贔屓様が退団されてから、宝塚観劇はお付き合い程度になりました。

でも、まだ二月もたっていないのに3公演観てたりして。

で、その3公演目が、6月9日(火)に観劇した宙組公演でした。

「薔薇に降る雨」(作・演出 正塚晴彦)

「Amour それは・・・」(作・演出 岡田敬二)

 

この公演は、主演コンビ、大和悠河&陽月華の早すぎる退団公演です。

早すぎると思うのは、良くも悪くも、未熟なまま終わる感じだからです。

自分にとってのこの二人のベストプレイは、「雨に唄えば」。

わがご贔屓、安蘭けい様の主演作品です。

今回の公演を観劇後、無性に観たくなって、DVDを観賞。

やっぱり、いいんですよ、コズモ(大和)もキャシー(陽月)も!

もちろん、ドン(安蘭)にはうっとりです~。

「雨に唄えば」は、ジーン・ケリー主演のミュージカル映画をもとに、

ブロードウェイで舞台化された作品の宝塚版、日生劇場での公演でした。

今度、とうこさんの女優第1作として上演される「アイーダ」のもととなる、

「王家に捧ぐ歌」の初演と同じ年だから、6年前ということになります。

このときリナちゃん(女役)を演じた現花組主演男役、真飛聖を含め、

主要キャスト4人とも、その後トップスターになったという意味でも、

記録にも記憶にも残る作品です。

すでにスターだった当時星組の安蘭、真飛と、月組から宙組へ移籍の大和に加え、

まだ海のものとも山のものともわからない娘役の陽月華ちゃん、大抜擢でした。

とにかくフレッシュでキュートで、ちょっと生意気で鼻っ柱が強いんだけど、

夢見る乙女な部分もあるハツラツとした女の子役がピッタリでした。

すでに大人の男の包容力を見せる安蘭ドンとの脚立を使ったラブシーンは、

ファンの間では語り草となっている名シーンですが、

ういういしくて、気持ちがあふれていて、何度観ても顔がニヤケてしまうし、

うっとりしてしまう大好きな場面。

ミュージカルナンバーもみんな素敵で、ダンスはほとんどがタップでした。

とうこさんのインタビューでも、このタップの大変さは何度となく語られていて、

まるで部活のような血(靴ズレ!)と汗と涙のお稽古だったようです。

だからこそ、そのお稽古をともに乗り越えたメンバーには、

まさに青春!スポ根!の熱い絆が結ばれている感じがして、

その後、それぞれの道でそれぞれの立場で活躍しているメンバーのことは、

とうこさんオンリーワンのファンとしても、あたたかい気持ちで見守っていました。

ドンとコズモとキャシーの三人で唄い踊る「グット・モーニング」は、

映画が失敗して落ち込むドンを二人が励ます楽しいナンバー。

 

嫌なことがあった今日も、知らない間に終わっていた。

いつのまにか、朝になっている。

新しい朝、ごきげんよう!

 

というような(超意訳)、前向きな歌詞。

大和さんが演じたコズモも、いつも明るく前向きなキャラクター、

ひとりで唄い踊る「笑え」の場面では、まさに身体を張った熱演、

ドンとのやりとりも息があって、楽しそうに舞台に息づいていました。

 

陽月華ちゃんが、星組から宙組に移動となり、大和さんと主演コンビに。

アイドル・コンビと言われたけれど、そんな雰囲気の作品は少なかったような。

まだ二人の本来の魅力を発揮できる作品ができたのではないかと思うものの、

もう決まったことなので、前向きに、これからの二人の未来に目を向けましょう。

「新しい朝」、旅立ちをお祝いして。ごきげんよう!

あっ、公演はまだ続いておりますよ。

 

「薔薇に降る雨」「Amour それは・・・」

東京宝塚劇場 2009.6.5ー7.5

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2009年6月 2日 (火)

中世の不思議世界を舞台化

歌舞伎で有名な小栗判官の、愛と転生の壮大な物語を、宝塚がミュージカル化。

ただし、通常の大劇場公演ではなく、その合間に行われ、

若手や二番手以下の生徒の活躍の場ともいえる、小劇場公演での試みです。

 

『ミュージカル オグリ!』

東京では、日本青年館で、5月26日から6月1日まで上演されていました。

観にいったのは、5月29日(火)。

花組三番手ながら、現二番手(大空祐飛)が主演での宙組移動が決まっているので、

実質二番手お披露目的な公演となった、壮一帆主演、

まさに見事なお披露目、そのまま主演に躍り出るのかというくらいの、

勢いの感じられる舞台でした。

作・演出は、次回『The Musical AIDA』でとうこさん(安蘭けい)と再び組む、

木村信司先生、なんとも頼もしい充実振り。

 

なんといっても、幕開け、舞台中央にでんと置かれた巨大な白馬の顔。

その顔の大きさに比例するような太い竹の背景、

非日常の空間、人と神がともにある中世の不思議な世界が立ち現れました。

このセットというか、美術がとにかく効いていましたね。

この巨大馬頭が表裏で効果的に使われ、

また巨大な観音の手の上での、小栗と照手姫のラブシーンもあり、

神のごとく猛々しい暴れ馬を見事乗りこなすという場面での、

絵馬を使った趣向といい、おもしろおかしく見せるアイディアというより、

中世という時代の不思議さ、おおらかさが、かもし出されていたのがすばらしく、

その物語世界にどっぷりとはまる快感を堪能しました。

小栗判官は文武両道に優れ、美丈夫でもあり、

池の神の化身である大蛇と交わった罪で京から追放されるも、

流された相模の国では忠実な家臣にかしずかれた殿様生活、

絶世の美女、照手姫も難なく手に入れるという、豪快な男。

壮一帆さんは、剣道をやっていたというだけあって、和物の形ができており、

まっすぐな竹の如くの若武者ぶりで、ほれぼれするほど。

一方の照手姫は、小栗との結婚を許さぬ父親の陰謀で夫・小栗を殺害され、

ともに亡き者とされようとしたところを、家臣に助けられ、

流された先で人買いによって、次から次へと売られた挙句、

遊女屋の下働きにまで身を落とすのですが、その才覚とけなげさで、

まったく不幸感のない、胸のすくヒロイン像で、演技巧者の野乃すみ花、

好演しています。(宙組次期主演娘役、おめでとうございます。)

そんな魅力的な主人公二人にからむ人物も、人間の欲やずるさを遺憾なく発揮、

おおらかな人生賛歌ともいうべき物語世界を形作るのに、

かかせないスパイスとなっています。

それにしても、あの馬の名前、オニカゲ?とかといったけれど、

存在感においては、ナンバー1でした。

惜しむらくは、中央の席で、真正面から目を合わせて見たかった!

きっと、もっと魅せられてしまったことでしょうね。

いや~、おもしろい舞台でした。 

 

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2009年3月27日 (金)

晴れました!祝初日。

これを、ファンいわく「とうこ晴れ」です。

本日3月27日、東京宝塚劇場『My dear New Orleans』『アビアント』開幕。

安蘭けい様、ほんとにこれが最後の退団公演の幕開けです。

晴れてよかったけれど、寒いです。

でも、一ヵ月後、千秋楽の頃は、桜も散って・・・。

とにかく今日から思い残すことのないように、短い観劇生活を堪能したいと思います。

初日感想は、今日のうちに書けないかもしれないので、

とりあえず、今日という日をここに残しておきます。

 

初日おめでとうございます!

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2009年3月 8日 (日)

無力であることの潔さ

一カ月って、ほんとうにあっという間でした。

明後日、3月9日は、宝塚歌劇団星組、安蘭けい主演による大劇場公演千秋楽です。

つまり、とうこさんが、宝塚大劇場とお別れする日。

もう、あの舞台に、歌劇団生徒として立つことはありません。

東京公演はまだあるけれど、ほんとうの意味の卒業式です。

そこに、立ち会うことはついにできませんでした。

昨日、3月6日に、自分にとっても最後となる、

宝塚観劇のための一泊ツアーから帰ってきました。

宝塚大劇場に立つとうこさんを観るのも見納めなら、宝塚大劇場も、

花の道も、あの取り残されたような夢の街、宝塚自体も、これが見納めでした。

もし、また訪れることがあったとしても、それは10年後とかになると思うのです。

懐かしさで、そこを訪れる日は、いつか来るとは思うのです。

でも、いまは、もう。

千秋楽の夢のチケット、せめて前楽でも、と思ったけれど、

そんな経済力もコネもありません。無力だなあ。

でも、思ったほど心残りはないのが、少し不思議です。

最後の観劇で、とうこさん、ほんとうにすばらしくて。

星組みんな、すばらしくて。泣いて、少しだけ笑って、満足しました。

我ながら潔いなって思います。あきらめがいいだけかもしれないけれど。

(これ、友人からは、よく欠点として指摘されるんです。)

 

自分の場合は別として、無力であることの潔さに心動かされるのは、

ジョイ・ビーが、まさにそうだから。

とうこさんが最後に演じる男役、「My dear New Orleans」の主人公ジョイ・ビーは、

宝塚歌劇の主人公とは思えないほど、無力です。ヒーローじゃありません。

誰とも闘わないし、誰も救えない。

お金もない、権力もない、おまけに見るからに腕力もない。

なのに、ジョイは、愛も夢も信じている。

貧しさゆえ兄弟が離れ離れになると泣いている子どもたちに、彼はこう言います。

「泣いていたって何も始まらない。負けるもんかって思うんだ。

早く大人になって金稼いで、またみんなで暮らせばいい」

そして、彼にできる精一杯のこと、「これで飴玉でも買ってやれ」と、

いちばん上の男の子に小銭を渡します。飴玉ではおなかは満たせない。

それでも子ども達は笑顔になります。

ジョイ・ビーが子ども達に与えられた、ほんの一瞬の幸せ。

人種差別ゆえの友人の死にも、復讐を叫ぶ仲間達を彼は諭します。

「争いからは何も生まれない。耐えるんだ」と。

そしてジョイは、宝塚のヒーローなら絶対に救わなければならない、

最愛の女性ルルのことも、その境遇から救い出すことはできませんでした。

でも、彼の歌は、仲間達を勇気づけ、誇りとなり

そしてルルには「生きる喜び」を。

 

耐えることは、あきらめることではない。

ほんとうの意味で強い心を持ったジョイ・ビーは、

あ~、やっぱり、とうこさんに重なります。

夢をあきらめないで、がんばってきた人です。

 

どんな気持ちで、最後の大階段を降りてくるのでしょう。

その日が、いい日でありますように。

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2009年2月27日 (金)

舞台化された韓国大河ドラマ

いま一番夢中になっているものといえば、宝塚歌劇団星組の安蘭けい様。

この方の退団公演、サヨナラ公演が始まって以来(いまはまだ関西で公演中)、

もちろん本も読めば、ほかの映画や舞台も見るし、普通に日常は送っているのですが、

なんというか、心がついていっていないような、あまり物事が深く考えられない。

つまり、とうこさんのこと以外は。

なので、ブログも書く気が起こらないのです。

でも、そんなことしていると、永久に書く気が起きなくなりそうなので。

 

2月24日、東京宝塚劇場、宝塚歌劇団花組公演『太王四神記』観劇。

これは、NHKで放送されている、ペ・ヨンジュン主演の韓国ドラマの舞台版です。

ドラマの方は、2,3回偶然見たことがあるだけで、ほとんど予備知識なし。

多少、友人から聞いていましたが、NHKの大河ドラマ並の壮大な時代劇であり、

何千年もの時を超えるファンタジーを、約3時間にまとめあげるのは至難の業。

脚本・演出の小池修一郎先生は、よくまとめたと思います。

なんせ、韓国の人なら誰でも知っているらしいが、日本人にはなじみのない、

虎族と熊族の戦いという民話時代から始まり、四つの神器を得たものが、

真の王となるという伝説をめぐり、誰それの生まれ変わりとか、

2千年も生きている魔術師とかが入り乱れ、ラブストーリーあり活劇ありの、

スペクタクルなファンタジックな舞台がくりひろげられるというわけで、

おもしろくないわけがない。

実際、めまぐるしく展開するストーリーを、暗転をほとんど使わず、

舞台装置を駆使し、CGなども使いつつ、スピーディに見せていく手法は、

お話の細かいところは多少わからなくとも、誰が誰だかちょっとくらいわからなくても、

観客を飽きさせず、次の展開に興味を抱かせ、最後までひっぱっていきます。

さすがに最後は、えっ?どういうこと?という幕切れでしたが、

ドラマを最後まで見ている友人の話では、こういう終わり方ではないのだそうで、

これは、星組に続演されるということを踏まえた終わり方なのかなと。

でも、それはそれなので、ちょっと消化不良な感じを残す終わり方は残念でした。

しかし、壮大なスケールの作品であり、戦闘場面の群舞などはとても見ごたえあり、

「エクスカリバー」「王様の剣」「里見八犬伝」おまけに「スターウォーズ」、

などといった作品を思わせるストーリーはワクワクします。

神器のひとつである剣がピカーッと光を放つ場面なんて、ゾクゾクします、が。

「でも、あれ蛍光灯よね、ちょっとねぇ~」と言っている人がいたのには苦笑。

ま、確かにそうかも、でした。

 

こういうストーリー重視の作品で、時間も足りないとなると、

やはり個々の人物の魅力、及び人物対人物の間で起こるドラマが、

描ききれているかという点では、正直少し苦しいです。

つまり、率直に言ってしまえば、ストーリーはおもしろいのだけど、感動がない。

ということになってしまうのです。

花組主演男役である真飛聖演じる高句麗の王子タムドクは、

己の才覚を隠して生きよと父である王に言われ、頭も悪く剣も使えない、

おまぬけ王子として生きている、という設定のため、

いざ、その才覚を発揮するときに、みんなが驚くのですが、

こっちが驚いちゃうよというくらい、最初からおまぬけ王子には見えないんですけど~。

なので、優れた王子にもみえなくなってしまう、というありさま。

そして、そのライバルとなる、大空祐飛演じるヨン・ホゲにいたっては、

タムドクのよき友だったのが、王の座をめぐり敵対していくという葛藤が、

あまり描かれていないため、本来そこは泣かせる場面だろうというところで、

まったくなんの感情も動かないということになってしまっているのです。

これは、役者の技量ということより、脚本であり演出の問題と思うのですが、

3月にもう一度観劇する予定なので、舞台も演者も進化するだろうし、

感想も違ったものになるかも知れません。

それに、最初に書いたように、自分の気持ちの持ちようということも多々あるので。

今回初見した限りでは、楽しそうに役を息づかせていたのは、

本来は、スター男役がやるべきではないと思われる、

2千年も生きつづける魔術師、大長老を演じた壮一帆さんでした。

まさに大長老のおじいさんから、怪しげな商人など3変化で、

物語の神秘性や伝奇色を体現、存在感ある役となっていました。

 

宝塚歌劇花組公演『太王四神記-チュシンの星のもとに-』

脚本・演出/小池修一郎

出演/真飛聖、桜乃彩音、大空祐飛、壮一帆ほか

東京宝塚劇場 2月13日~3月22日

 

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2009年2月 9日 (月)

ジョイ・ビーの生きる喜び

「あなたのことが好きよ」

「あなたほど愛した男はいない、これからも、ずっと」

ジョイ・ビー

大好きです。

 

『My Dear New Orleans -愛するわが街-』は、植田景子作・演出、

1917年から、その10年後のニューオリンズを舞台にしたオリジナルミュージカルです。

差別、貧困、暗く重い時代に、音楽と出会い、恋をし、やがて志を持って、

故郷を離れ旅立っていくクレオール(混血)の若者の物語です。

ジョイ・ビー、安蘭けいが最後に演じる男役です。

 

ジョイという名前には、「生きる喜び」という意味が込められています。

音楽に生きる喜びを見出したジョイは、同じクレオールや黒人の仲間とバンドを組み、

愛する家族や街の仲間達と、貧しいながらも片寄せあって生きています。

薄幸の美女ルルとのつかのまの恋と別れ、仲間の死などを経て、

音楽こそ、自分が自由に生き、そして肌の色の違いを超えて、

多くの人と結び合えるものだと信じ、故郷を離れ都会へと旅立ち、

やがて音楽家として大成功をおさめるのです。

愛するわが街

とうこさんにとっての宝塚とリンクし、ジョイの旅立ちは、

とうこさんの卒業とリンクし、最後に歌う故郷への愛の歌が、

とにかく泣かせてくれます。

初日は、とうこさんも歌い出しから泣いていて、歌いきれるか心配したほど。

 

作・演出の植田景子先生には、細かいところでは不満も多々あるのですが、

それらを補ってあまりある、とうこさんとあすかちゃん

(同時退団となる相手役、遠野あすか)の芝居の空気の濃密さ、

大人の恋を、台詞、まなざし、仕草で繊細に演じつくしていて、

なんともいえない雰囲気をかもし出しています。

そう、これが宝塚ならではの、実際にはありえない男と女の愛の世界というやつです。

しかも、二人が演じると、なんだか、ものすごくナチュラルと感じてしまうところが、

この二人のすごさなのだと思います。

また、歌詞(植田景子)にセンスのなさの問題等ありながらも、

ふたりの歌唱には、心を打たれざるを得ないというか、もうどっぷりと浸って、

とにかく、涙涙というありさま。

そして、そして、ジョイ・ビー!

もう~、たまらなくカッコイイ男なんです!

家族や友人に愛情深く、子どもにもやさしく、女にはもてて、

クールなところもあり、それなりに苦労人のくせに、根はものすごく純粋で。

愛や夢を信じていて、ひねくれることなく、まっすぐで。

ジョイの言うセリフは、ものすごくキザな殺し文句だったりするけれど、

それが、なんとも心地よく酔えるというか、しびれちゃう、これぞとうこマジック。

だって、あのいい声で、なんともいえない抑え目のトーンで、

超さりげな~く言うんですから。

たとえば、

「俺と一緒に生きてみないか。幸せという駅に、いつか辿り着けるかもしれない」

とかね。

いやいやいや、たまらないです。

とうこさんは、最後の公演では、クサイ台詞をいっぱい言ったり、

ここぞとばかりにキザなポーズを決めたり、男役を満喫したいと言っていましたが、

まさに、その言葉どおりに、そんな台詞のオンパレードです。

楽しいです。素敵です。

で、東京公演時のここのテーマが決まりました。

仮タイトルとしては、「ジョイ・ビーの殺し文句集」とか、

「ジョイ・ビーはかく語りき」とか。シリーズにするつもり。

 

さて、この物語はジョイ・ビーのサクセスストーリーかというと、そうではありません。

作者は「故郷」と言っていましたが、もうひとつ思ったのは、

「幸せとは?」ということでした。

何回かみるうちに、泣くポイントが変わってきました。

最初は、ルルとの別れや仲間の死からゴスペルになるくだりとか、

そして、最後の「愛する我が街」(テーマ曲)とかで泣いていましたが、

3回目あたりからグッとき始めたのは、ジョイのマネージャーの言う言葉です。

水害のチャリティコンサートのため、10年ぶりに故郷に帰ってきたジョイ。

取材に来た記者に、マネージャーはこう言うんです。

「ときどき思うんです。彼(ジョイ)は、ほんとうはここに残りたかったんじゃないかってね。」

このマネージャーは、この街でジョイを見出し、ミューヨークに誘いました。

このとき、ジョイは悩みます。

「愛する人たちに囲まれて生きるのと、都会に出て成功するのと、

どちらが幸せなんだろう」と。

結局、彼は強い志を持って、音楽に人生を賭けようと都会へ旅立ちました。

マネージャーは、このあと、さらにこう言います。

「高級レストランでキャビアをたらふく食べた後に、必ずこう言うんですよ。

ガンボスープと、かあさんの作ったライス&ビーンズがなつかしいってね」

涙腺決壊。

ジョイは、再び都会へと旅立って行きます。

最後に振り返るジョイの表情が、涙で曇ってよく見えない。

音楽は、ジョイの生きる喜び。そして幸せは?

また早く、ジョイに会いに行きたいです。

 

 

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愛しさと、誇らしさと、感謝と。

女性だけの劇団、宝塚歌劇団で、10何年間、男役として舞台に生きた、

安蘭けい、最後のステージが開幕しました。

本拠地・宝塚では、2月6日から3月9日までという、わずか一カ月の、

退団公演、卒業公演、サヨナラ公演です。

Musical『My dear New Orleans  -愛するわが街-』

レビュー『ア ビヤント』の2本立て。

初日から、3日間、4公演観てきました。

 

詳しい内容については、東京公演のときにでも書くとして、

とにかく、これほど「退団=サヨナラ」を徹底的に意識して作られた舞台は、

ここ数年では思い当たりません。

お芝居の内容なんて、ちょっとリンクしすぎるくらいだし、

ショーにいたっては、すでに「サヨナラショー付」のような演出。

「サヨナラショー」というのは、通常、千秋楽と前楽の2回だけ、

本公演の後に改めて行われるもので、観られる人は超ラッキー、

今回も、そして東京でも、たぶん生で観ることはできないと半ば諦め状態。

ところがその本公演そのものが、「サヨナラショー」みたいなんですから!

もう、手放しで泣けるし、うれしいし、先生ありがとう!の気持ちでいっぱいです。

ショーの作・演出は、藤井大介先生。

前半は明るく楽しく華やかに、中盤からのサヨナラ仕様は、もうほんとうに空前絶後!

たしかに直球すぎるきらいはあり、なんといっても、タイトルが「ア ビヤント」。

フランス語で「またね」という意味だそうで、歌詞もまんま、

「アビヤント、いつかまた巡りあう 約束の合言葉」

これを、星組生対とうこさんでやられた日には、もう~。

みんなが一心に、笑顔でとうこさんに向けて手をさし伸ばし、

その視線を浴びて、満足そうな笑顔で、ひとり大階段を上っていく、

なんて演出、ファンにはたまりません!

男役の正装である、黒燕尾に白い花だけを飾ったとうこさんと、

白いドレスのあすかちゃんとの、ため息の出るような愛にあふれた絶品デュエットから、

次期トップが確定した二番手男役・柚希礼音が「別れの靴音が~」

で始まる「そして今は」を力強く歌う中、黒燕尾の男役のみのボレロ!

指の先まで美しいライン、キザなまなざし、一糸乱れぬ群舞の、

その三角形の頂点にいるとうこさんの、究極の男役、超絶カッコイイ姿に、

見蕩れ、酔いしれ、愛おしさと誇らしさがこみあげてきます。

この人のファンで、ほんとうによかったなあって。

初日のあいさつで、すでに感極まっていたとうこさん。

いままで、男役とは、男役の美学とは、そういうことを考えながらやってきたけれど、

今回は、男役とは、ではなく、「男役の集大成」をお見せしたい、と。

宝塚でしかありえない男役だからこそ、それにこだわり続け、

研究し続けてきた十数年の結実は、でも、いかにも自然体に、力みなく、

清清しいほどの美しい形でそこに表われていて、

それは、お芝居の中でも、ジョイ・ビーの言葉、仕草すべてに表われていて、

ここまで自然に男役を演じることのできる境地まで、

天才であって、努力の人であるとうこさんは、極めたのだと思います。

でも、道を究めた人の達観した感じ、悟りきった感じはなくて、

完璧なのに、もっと上を、もっといいものを求める瞳で、

キラキラしちゃっている、まさに輝いている、ファン冥利に尽きる、

男役・安蘭けいのラストステージなのです。

 

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2009年1月19日 (月)

千年の時を越え

今年の宝塚初観劇は、1月9日東京宝塚劇場での月組公演。

お芝居は、『夢の浮橋』。

千年の時を越え蘇る・・、「源氏物語」の最終章「宇治十帖」です。

 

「源氏物語」を読んだことがない人でも、たぶん知っているお話。

光源氏の女性遍歴のあれこれよりも、たぶん親近感を持たれていると思われる、

ありがちなお話であり、こういう設定の原型なのかもしれません。

つまり、一人の女性をめぐり、いい男二人が恋の火花を散らせば、

二人の男に思われた女性は、一人を選ぶことができずに、死を選ぶ、

とまあ、俗に言う三角関係のもつれってやつですね。

でも、そこはそれ、なんといっても千年の時を越えた「源氏物語」ですから、

雅で、たおやかで、つやめいて、ゆるゆると、そめそめと、

って、なんだか形容詞も実感ないまま使ってますけど。

つまり、今風のドラマのように、ドロドロの、「愛欲」とか「肉欲」とか、

「愛人」とか「囲い者」とか、「夜這い」とか(あ、これは今はないか)、

「嫉妬」とか「略奪」とか、実際はそういうお話なんだけど、

でも、どこか雲の上のお話のようで、乱れない、激しない、修羅場らない、

それが「源氏物語」の世界なのですから。

で、そういう世界を舞台化するに当って、今の宝塚では、唯一、

オリジナル脚本の書ける演出家といっても過言ではない大野拓史、

これが大劇場での演出家デビューでもあるのですが、

まずまず、よくまとめたなと思います。

傀儡(くぐつ)を、ひとつのキーワードにした演出には、こだわりを感じたし、

(自分の思うようには生きられない、人は誰かに操られ生きている傀儡のようなもの)

ビジュアル面での効果も、かなり考えて作りこんだ印象を受けました。

ただし、いかんせん役者たちがかもし出す雰囲気が、

いまひとつ「源氏物語」の世界ではなかったような、

もっといえば、さきほどグダグダ書いたような、今風な人物造形だったかな、

と、そこが惜しいのだけれど(特に薫は、ただの堅物にしか見えなかった)、

日本物の経験があまりない、今の宝塚の生徒たちには(演出家も含め)、

表現が難しいのかなとも思いました。

結局は、男女の愛と、男達のライバル関係を描いているのですが、

そこに、人の世の哀れ、とか、無常観とかが漂うのが「源氏物語」と思えば、

そのへんは、かもし出せていなかったかなと思うわけです。

 

配役は、光源氏の孫であり、やがて帝になる運命の匂宮(瀬奈じゅん)、

光源氏の子(実は光源氏の実子ではない、つまり不義の子)である薫(霧矢大夢)、

その二人に愛される、幸薄い田舎美女の浮舟(羽桜しずく)。

今の月組が、主演娘役を特定しないという方針のため、

浮舟は当然主演娘役の重さのある役ながら、他の娘役とのバランスから、

あまり重きを置かれなかったのが、やはり作品の核をあいまいにしてしまった感もあり、

宝塚のお芝居において、主演娘役を限定しないということ、

つまり主演コンビがいないということが、どれだけ面白くないかの証明でもあったような。

そして、やはり原作を知らなければ、いまいちわからない部分が多かったのも事実で、

匂宮の高貴な方ゆえの罪の意識のない無慈悲、

(気ままな行動が人の運命を変えてしまう)

薫の、実は誠実なんかじゃない、自分勝手な独占欲、

(浮舟は、最愛の人を得られなかった傷を埋めるための身代わり)、

そして、自分で自分の心を計れない、浮舟の逃げの人生、

(死にそびれ、髪を下ろしてしまう)

この三角関係に至る三人の、それぞれの人生の明暗が、

もうちょっと描かれていたらと思われます。

 

数々の小劇場公演で、大いに堪能させてもらった大野脚本のうまさが、

大人数、大きな箱の大劇場公演では、十分に発揮されていたとはいえず、

これはまだこれからの課題ということでしょうか。

いろいろ書きましたが、改めて「源氏物語」を読みたくなったということだけでも、

なかなかの、いい作品だったのではないでしょうか。

ショーも全般的に明るく楽しくて、今年初観劇にはかなり満足の二本立てでした。

 

宝塚歌劇月組公演・東京宝塚劇場 2009.1.3~2.8

源氏物語千年紀頌『夢の浮橋』(脚本・演出/大野拓史)

ファナティック・ショー『Apasionado!!』(作・演出/藤井大介)

 

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2008年12月30日 (火)

2008年 観劇した宝塚歌劇

今年は、宝塚で始まり、宝塚で終わった一年。

というより、もっとはっきり言えば、星組主演男役であるところの安蘭けいさん、

とこうさんで始まり、とうこさんで終わりました。

おかげで、今年も大いにハメをはずしました。

そして、このお祭りも、来年でいったんおしまいです。

では、とうこさん中心に、今年の宝塚を振り返ります。

 

1月2日~2月11日 東京宝塚劇場

星組東京公演「エルアルコン~鷹」「レビュー・オルキス」

青池保子さんの漫画を舞台化した海洋冒険活劇です。

後半の「スカピン」もそうでしたが、今年の星組は、伝統のコスチュームもの、

そしてエンターテインメントの王道的冒険活劇で、ファンの心を鷲づかみ。

とうこさん的にいえば、ビジュアル面での完璧な美しさ、カッコよさに、

得意の歌を存分に発揮できる音楽(エルアルコン=寺嶋民哉)にも恵まれ、

まさに本領発揮の一年でした。

この「エルアルコン」では、自分の野望のためなら、

女性や実の父親でさえも、手にかけてしまう冷血漢ティリアン、

という悪役を演じながら、そこは宝塚、

きっちりと乙女心をつかむ悪役の色気をかもし出し、

さらには野望を砕かれ、美少年とともに爆死するという壮絶な最後が、

なんともヒロイックにドラマティックに盛り上がり、さらに、

やはりティリアンに抱かれて死んだ女海賊ギルダとともに、

純白の衣装で再登場、その天使のような清らかな姿に涙するという、

悪魔と天使、どっちもいい!という、救いようのないファン魂で、

東京公演、大いに堪能したのでした。

 

3月13日~4月14日 大阪・東京・名古屋

星組特別公演「赤と黒」

とうこさんが下級生の頃に観劇し、やってみたい役として言い続けてきた役、

スタンダール原作「赤と黒」のジュリアン・ソレル。

ファンならもちろん知っていた作品、その夢を、とうとうかなえました。

この時点のとうこさんには、若すぎる役となってしまっていたにもかかわらず、

その舞台姿の若々しさ、かわいらしさに、ファンもビックリ。

母性本能をくすぐられる一途な青年に、見事に成りきり、

とうこジュリアン・ソレルを、確かに作り上げていました。

滑稽なほどのジュリアンの、若さゆえの行動を、胸の痛くなるような、

熱くほとばしる、生への、恋への、ギリギリの生き様に昇華させた力量は、

とうこさん、憧れの役への思いはいかばかりだったか、という入魂の演技。

そんなジュリアンに無償の愛をささげる人妻、レナール夫人を演じた遠野あすかの、

成熟した女性の母性と、少女のような純愛が、それを優しく包み込み、

ラストは断頭台の露と消える運命ながら、ジュリアンの満ち足りた表情に、

癒され、観る側としても深い満足感を覚える舞台でした。

 

6月20日~8月4日 宝塚大劇場

8月22日~9月5日 東京宝塚劇場

星組公演「スカーレット ピンパーネル」

この作品については、ここにも散々書きました。

もう、これで満足、思い残すことはない!と思っていたら、

ほんとうに退団発表になってしまい、それはそれでショックでしたが、

でも心から、とうこさん主演でこの作品を観ることができたことを、

うれしく、幸せに思えたことが、今の落ち着いた心境をもたらしてくれたと思っています。

ありがとうスカピン、ありがとうワイルドホーン氏、ありがとう小池修一郎先生、

そして、ありがとう星組!

 

11月9日~ 梅田芸術劇場ほか

星組全国ツアー「外伝ベルサイユのばら~ベルナール編」「ネオ・ダンディズムⅢ」

退団発表のあとの全国ツアーは、思い入れもあり、格別の楽しさであり、

一言で言えば、とても幸せな公演でした。

「外伝ベルばら」には全然期待していなかっただけに、

もう絶賛に近いくらいに褒めちぎっちゃいましたが、

それもこれも、やはりいまの星組の充実度を物語っていると思います。

 

来年は、とうこさん卒業の4月までは、とにかく突っ走り、

あとは、東京に来る公演を、各組1回ずつくらい観る程度になると思われます。

4月退団者の多い星組の行く末は、やはりとても気になります。

 

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2008年12月24日 (水)

ともに最後のときを!

日付が変わってしまったので、昨日ということになります。

宝塚歌劇団星組の次回公演の集合日、同公演における退団者が発表になりました。

すでに発表されている、安蘭けい(とうこさん)、遠野あすかを含む10名。

そのなかには、立樹遥さんの名もありました。

ベルナール編の役者語りの最後に、立樹さんのことを書いたばかり。

あと一公演、とうこさんをよろしく、と書いたのに、同時退団となりました。

ほんとうに、最後までいっしょに行動をともにしてくれるのですね。

もちろん、立樹さんには立樹さんの想いがあり、このときと決めたのでしょう。

でも、とうこファンとしての、しいちゃんへの感謝の気持ちは、

もう言葉で表せないほどに大きなものです。

思えば、プレお披露目の『ヘイズ・コード』では、親友の役でした。

ほんとうに思いやりがあり、頼りがいのある、いい奴でした。

不器用な生き方をする主人公をあたたかく見守る友の役そのままに、

声が出なくなるという舞台人にとって最悪のアクシデントに見舞われたとうこさんを、

しっかりと支えてくれました。

どんなときも、あの笑顔が「大丈夫」といってくれているようでした。

ラル様、ほんとうに、ありがとう。

「とうこさんがトップになれたのが、ほんとうにうれしい」

「とうこさんを支えたい」

いつも、そう言ってくれた。

そんなしいちゃんを、とうこさんは全面的に頼りにし、ときに甘えていました。

組の中では三番手だったけれど、実質的なとうこさんの片腕だったと思います。

全ツの神奈川県民ホールの二人が思い出されます。

あれは、ほんとうに幸せなときでした。

横浜出身のしいちゃんに、とうこさんもここぞとばかりに話をふり、

あいさつのはずが、二人のトークショーのようになっていました。

しいちゃん、うれしそうだったな~。

あの全ツは、とうこさんにとって「今までありがとう、そしてさようなら」の、

あいさつ回りだったように、しいちゃんにとっても、そうだったのですね。

二人とも、それぞれ出身地に行けて、ほんとうによかったね。

 

二人にとって、宝塚での最後の公演のお稽古が始まりました。

タイプは違うけれど、ともにこれまで培ってきた男役の芸の集大成を見せて欲しい。

そして、最後のときまで、ともに高めあい、支えあい、絆を深めてください。

今回は、立樹さんのことしか書きませんでしたが、

いっしょに退団する一人一人に、想いがあります。

心して、見届けるつもりです。

 

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2008年12月13日 (土)

ベルナール編 役者語り(完)

さて、宿題をやってしまわなければ、先へは進めません。

時間は、もうあまりないのですから、ね。

 

今回の全国ツアーで、ますます感じたことのひとつは、

とうこさんの、立樹遥さんへの信頼と愛情です。

とうこさんの方が上級生なのに、すっかり頼りにしているし、ちょっと甘えている。

そしてまた、立樹さんの包容力ときたら、これこそ男役の理想形を思わせるほど。

繊細なタイプのとうこさんと並んで、ほんとうに頼もしく、

あっぱれな男役に成長したと思わされました。

なんといっても、あの体格と太陽のような笑顔。

からだも心もでっかいぞ~という感じが、もう好感度抜群です。

そんな陽の魅力の立樹さんが、今回挑戦したのが、

オスカルの影として生きたアンドレと、

オスカルの意志を継ぐことだけのために生きている片腕の将軍こと、アラン。

こんな二役ありえない、と思いました。

でも、これもうれしい誤算のひとつで、二役ともすばらしい役作りでした。

アンドレとしては、はっきりいって見せ場らしい見せ場はなく、

オスカルを思って歌うソロ「愛の墓標」があるのみ。

にもかかわらず、さりげない会話に、オスカルへの愛情の深さや、

気持ちのほとばしりを抑えた大人の魅力が感じられ、

「今宵一夜」の場面もないのに、オスカルとの愛の成就も納得させられるほど。

宝塚版アンドレのイメージを、ある意味くつがえした大らかな雰囲気も、

なんだか、しいちゃん(立樹)らしいなとほほえましかった。

そして、さらにほほえましかったのは、実のおばあちゃんであるマロングラッセを、

同期の美稀千種さんが演じていたこと。

このみきちぐマロングラッセのかわいさときたら!

まさに漫画から抜け出てきたようなマロングラッセで、

オスカルにすがって泣く場面など、絶品でした。

この同期二人の場面には、そこはかとない、あったか~い空気が流れ、

もしかしたら、二人にとっても、すごくうれしいことだったのではないかなと、思ったり。

宝塚の同期って、そういうものなんですよね。

 

そして、もうひとつの役、アラン。

フランス革命では衛兵隊の一員として、オスカルのもとで戦い、

そのときに失った片腕ゆえに、のちに将軍になってからは、片腕の将軍と呼ばれる。

花組バージョンでは主役だった、このアランを、

立樹さんは、フランス革命から10年後の、たった一場面で、

アランがこの10年をどんな思いで生きてきたか、

そして、いま何を思っているか、すべて演じきりました。

ベルナールに「誰がオスカルの意志を継ぐのだ」と言われたアランの、

「俺だ、俺がやる」というセリフに込められた強い決意。

そして、ひとりナポレオン暗殺に向うアラン(その場面はないのですが)。

堂々たる風格、その胸に秘めた想いの熱さ、激しさ。

最後の最後に、手紙の声ににじむ、限りない優しさ。泣かされました。

 

残された日々も

抱きしめる愛

私の愛に墓標はない

 

とうこさんがトップになれた星組に、しいちゃんがいてくれたこと、

とても感謝しています。

 

めぐり逢いは悲しい奇跡

避けられない運命

 

いま思えば、ともに雪組にいた二人が、時を経て、星組で再びめぐりあったこと。

それは、とてもすてきな奇跡であり、そうなる運命だったんですね。

しいちゃん、ほんとうに、ありがとう。

あと、一公演、どうか、よろしくお願いします。

 

これにて、星組全国ツアー「外伝ベルサイユのばら~ベルナール編」

役者語りもろもろ、完了です。

(あ、でも、音源の配信が始まったり、DVDが発売されたりしたら、

また語ってしまうかも、です)

 

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2008年12月10日 (水)

ベルナール編 役者語り(3)

2008年12月7日、岡山にて、

星組全国ツアー「外伝ベルサイユのばら~ベルナール編」千秋楽!

 

ほんとうに、終わってしまったのですね。

友人が送ってくれた全ツ千秋楽のニュース映像を見て、

さみしさと、すがすがしさとが交じり合った余韻に浸っています。

何より、とうこさんが元気で、幸せに、千秋楽を迎えたことを喜びたいと思います。

あいさつにもあったように、本人も不安だったようですが、

ファンも不安でした。でも、蓋を開けてみれば、

なんて幸福感あふれるツアーだったことでしょう。

もちろん、寂しさは、ないと言えばうそになります。

宝塚を卒業しても、追い続け、見守っていくつもりなので、会えなくなるわけではない。

でも、またしても、今回の公演で、男役としてしかかもし出せないような、

包容力や優しさや、熱さやせつなさを見せつけられ、

もっと見ていたい、もっと、もっと・・という想いがつのるばかりです。

 

「男役」って、ほんとうに不思議ですね。

ものすごく不自然なことをしているのに、

そこにナチュラルさやリアルさを感じることができる。

もちろん、それは稀有な役者である、とうこさんならではなのかもしれません。

女性であるとか、男性であるとかの、装いを脱ぎ捨てて、

裸の人間を演じられる、唯一の存在なのかもしれません。

事実、私たちは、男性であるベルナールが、愛し始めた女性であるロザリーに、

静かに自らの生い立ちを語るとき、人の孤独と愛への渇望と、生きることの苦しさに、

知らず知らず引き込まれていくのです。

そこに、演じる実は女性である安蘭けいは存在せず、

男性であるベルナールも存在せず、

傷ついた魂だけが浮かび上がってくる。

「生きていてもいいか」、とも聞こえる、

「好きになってもいいか」というセリフに心が震えてしまうのは、

それが単に男性から女性への告白だからではなく、

ベルナールというひとりの人間の、傷ついた魂が救いを求める叫びだからです。

つまり、ベルナールにとって、ロザリーとは、

まさに自らを生へ産み出した母性であり、すなはち生への象徴なのです。

「マザーコンプレックスのベルナール・シャトレ君には、

優しい君の愛が必要なんだそうだ。ついていってやるか」

オスカルの言葉に憤慨しながらも、ベルナールは言います。

「いっしょにきてくれるか」

深い想い、限りない愛をこめて。

ここで、大方のファンは思うのです。

「どこまでも」と。痛い!

 

まじめに語るつもりが、続かなくなってしまいました。

これで書き納めにするつもりだったのですが、改めることにします。

まだアンドレとアランの二役を見事に演じた、しいちゃん(立樹遥)とか、

マロングラッセを、これまた原作そのままに演じた美稀千種さんのこととか、

書き残しておかなければ!

それが「残された者が、残すべきもの」・・とかいいつつフェイドアウト。

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2008年12月 1日 (月)

忘れえぬ人 忘れえぬ日々

終わってしまいました。

全国ツアー「外伝ベルサイユのばら~ベルナール編」「ネオ・ダンディズムⅢ」。

29日・30日、神奈川県民ホールでの二日間、マイ千秋楽でした。

星組ご一行様は、あっという間にバスに乗り、次なる地へと向いました。

静岡、香川、そして最終地の岡山まで、どうぞお元気で!

 

というわけで、またひとつ。

卒業へのカウントダウン、無情にも確実に、その数は減っていきます。

でも、最後に見たマイ・スター安蘭けい様は、楽しそうに幸せそうに笑っていた。

この二日間、極上の舞台を堪能させてもらいました。ありがとう!

お芝居もショーも、キラキラキラキラ、綺麗でカッコよくてセクシーで。

あたたかくて、やさしくて、癒されて。

ドキドキしたり、うっとりしたり、笑って泣いて。

ホール前の銀杏並木が黄金色だったこと、

山下公園のベンチで冬のあたたかい陽を浴びていたこと、

全部あわせて、忘れられない思い出になっていくのでしょうね。

 

「思いを込めて ひとつひとつ 刻み込んでいこう」

(永遠のオベリスクより)

 

「外伝ベルサイユのばら」のベルナールは、ナポレオン暗殺を決意しながら、

彼を巻き込みたくないというアランやロザリーの捨て身の嘘のために生き残ります。

「私が嘘をつきました」とロザリー。

「裏切ったのは俺だ」とアラン。

二人が新聞記者であるベルナールに託したのは、

革命の時代に生き、死んでいった人々の物語を伝えていくという使命。

ロザリーは涙ながらにベルナールに訴えます。

「この混乱の時代にわたしたちだけが生き残りました。

残されたのです。生かされているのです」と。

残された者が、残すべきこととは。

インタビューの中で、とうこさんは、この場面が自分自身に重なると言っていました。

同じ年に宝塚音楽学校に入学した77期生。

とうとう、その最後のひとりになった、まさに生き残りのとうこさん。

「残されたのです、生かされているのです」

そんな思いを込めたベルナールの決意。

生きて、書き続けることで、この革命のことを、死んでいった人々のことを、

後世に伝えていくのだと。

そのとき、舞台後方に、この物語を生き、そして死んでいった人たち、

オスカル、アンドレ、アントワネット、フェルゼンの姿が浮かび上がります。

外伝三部作の完結、そして宝塚版「ベルサイユのばら」は、

こうして大団円を迎えて幕を閉じます。

「永遠に輝け 革命のオベリスク」

すばらしい幕切れでした。

 

ショー「ネオ・ダンディズムⅢ」(作・演出 岡田敬二)についても書いておかなければ。

とにかくこのショーは、もともと星組の前トップさんのサヨナラ公演のショーでした。

それを、とうこさんの博多座公演のショーとして手直ししたのが、

「ネオ・ダンディズムⅡ」。新たに他組のショーから好評だった場面、

「明日へのエナジー」と、とうこさんのソロ「ボコシプタ」が加わりました。

で、今回のⅢは、どこがⅢかというと、とうこさんのソロが、

「オール・バイ・マイセルフ」に替わったということ(だけ)。

でも、さらにサヨナラ仕様のショーになり、ファンにとっては、

とても身に染みるショーになるはずでした。

いや、もちろん、しんみりモードもあるにはあるのですが、

なんといっても、あまりにもすばらしい歌、ダンス、場面の連続で、

ビジュアルがまた完璧に美しく、まさに陶酔の世界、

楽しい場面もあり、地方公演ならではのアドリブあり、

楽しくて、幸せで、そして感動し、あっというまに終わってしまうのです。

気がつけば、同時退団となった二人が、

やさしい笑顔をかわしながら「真情真美」を歌い、寄り添っている。

「愛してる~」と、とうこさんが歌えば、

「翼かさね 飛び立つのよ~」と、あすかちゃん。

 

なんだか、ほんとうに幸せな公演でした。

このまま時間が止まればいい・・・と思うほどに。

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2008年11月13日 (木)

ベルナール編 役者語り(2)

ベルナール編で思いがけず良かったことは多々あるのですが、

(とにかく期待値がかなり低かったので)

なかでも涼オスカルには、正直感嘆しました。

ベルナールが主役といっても、ベルバラで大人気なのは、

どこまでいってもオスカルです。

でも、宝塚版ベルバラで描かれてきたオスカルは、

男役が演じていながら、実はかなり女性寄り。

要するに、愛~愛~愛~という、愛の巡礼、愛に悩み、愛に生きたオスカルです。

なんといってもバスティーユと並ぶ名場面が「今宵一夜」ですからね。

もちろん革命の始まりを告げるバスティーユ陥落では、

雄雄しく戦うオスカル像が描き出されているのですが、

実はベルナール編では、この場面がありません。

というより、ベルナール編で描かれるバスティーユには、

オスカルは登場していないのです。

(オスカルの戦死を知らせる演出はなかなか効いていましたが)

にもかかわらず、ベルナール編でのオスカルは、

りりしく、知的で、懐の深さもあり、優しさの中に熱い血がたぎる、

人間味あふれるオスカルでした。

ベルナールに対する人間同士の厚い信頼感。

ロザリーに対する姉のような優しい思い。

マロングラッセに対する、無償の、そして限りない愛。

これまでの宝塚版ベルバラでは描かれることのなかったこれらの場面こそ、

人間味あふれるオスカルの魅力を伝えるものであり、短い場面ながら、

涼紫央の、気品ある凛とした佇まいと、優しさと激しさをともに描き出す演技には、

正直言って、改めてオスカルのすばらしさを発見した思いでした。

ベルナールとともに去っていくロザリーに、

「行ってしまった、わたしの春風・・」と語るオスカルには、

青春の終わり、迫り来る死への予感のようなものまで感じさせられ、

思わずあふれてくる涙を抑えることができませんでした。

こんな外伝で、と言っては失礼かもしれませんが、

新しいオスカル像を作り上げた涼さんに、心からの拍手を!

 

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2008年11月12日 (水)

ベルナール編 役者語り(1)

「外伝ベルサイユのばら-ベルナール編-」は、革命のその後を描くと共に、

ベルナールとロザリーというひと組の夫婦の「愛のかたち」を描いています。

「愛のかたち」って、この外伝三部作共通のテーマ曲なんですが、

たぶん、この歌がもっともふさわしいのが、ベルナール編なのだと思います。

なんといっても、外伝のみならずベルバラの登場人物の中で、

唯一愛を実らせ結婚をし、革命後も夫婦二人で生き抜いていくのですから。

 

池田理代子の原作にあるとおりに描かれるベルナールとロザリーの恋。

「好きになってもいいか」のセリフのあとに、

「たとえば~夜空に~」と甘く歌われたら、もうファンはたまりません!

なんたって必殺ボイスですからね、とうこベルナール。

イギリス貴族の慇懃無礼な物腰や、上品な佇まいから一転、

少しばかりやさぐれた感じの盗賊(実は革命家で新聞記者)が、とにかくお似合い。

黒髪に黒尽くめの装いが、細身のラインをますますシャープに見せていて、

カッコイイんだけど、あ~ん細すぎるよ~大丈夫かなあ、などと親心。

親心といえば、ベルナールがロザリーに自分の母親について語る場面の、

これは本当にベルバラなのかってくらいにナチュラルな芝居には、

改めて、とうこさんの演技者としての優れた感性に驚かされます。

おまけに、その表情がたまらなくせつなげで、母性本能くすぐられまくり。

オスカルにも「マザーコンプレックス」といわれるに至っては、

もう~かわいすぎる! 大好き。

 

そして、とうこさんが歌うと、なんでもすばらしく思えてしまうのですが、

「愛のかたち」も、ベルナール編の主題歌「永遠のオベリスク」も、

ちょっとせつなくて、心に染みるいい曲なんです。

それをまた、今回本来のラブリー路線に戻ったあすかちゃんとの、

ラブラブデュエットで聞かせてくれるというファンサービス。

こんな二人が見たかった・・・ファンは泣きます。

ほんとうに、あすかロザリー絶品です。

これこそがロザリー、可憐でいて芯がある、最強のロザリーでした。

最初の方のシーンでのベルナールとのかけあいは、

10年来のコンビのような息のあった楽しさ。

恋心や恥じらいを見せる場面でのういういしさには、もう脱帽です。

あのマルグリットはどこへいった! ほんとに、すごい役者です。

ラスト、涙ながらにベルナールにすがり、残されたものの使命を訴えるロザリー。

まさに、あすかちゃんの迫真の演技に感動です。

 

安蘭けいと遠野あすか。

長いとは言えない時間の中で、二人が築き上げた深くて強いコンビの絆。

それが凝縮された、ベルナールとロザリーでした。

 

それが 私の 愛のかたち 

それが 二人の 愛のかたち

 

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2008年11月11日 (火)

残された者が 残すべきもの

星組全国ツアー「外伝ベルサイユのばら-ベルナール編-」が始まりました。

11月8日、大阪・梅田芸術劇場からのスタート。

初日には行けませんでしたが、梅田の千秋楽(!)には行ってきました。

9日、昼夜二回観劇しての日帰りです。

 

同じフランス革命を題材にした「スカーレット ピンパーネル」の直後で、

ほとんど期待することのできない企画であり、脚本・演出(植田紳爾)。

だいたい、「ベルサイユのばら」をやるのに、

ジェローデル、アラン、ベルナールを主役にした三部作なんておもしろいわけがない。

オスカルやアンドレが活躍してこそのベルバラじゃないか。

と、怒りさえ感じていたのですが。

 

おもしろかったです。感動して涙まで流してしまいました。

ご贔屓である安蘭けい演じるところの、黒い騎士、実は新聞記者で革命家の、

ベルナール・シャトレが、とにかくカッコイイってことだけじゃなくて、

外伝の外伝たる意味が、アラのある脚本・演出ながら、きちんと伝わりました。

この三部作は、フランス革命のその後、

革命で生き残った人々が、何を思い、何を残そうとしたか、

という、「残された者が 残すべきもの」を描いた連作なのです。

そして、このベルナール編こそ、その完結編でした。

三作を結ぶのは、フランス革命が起きて10年後、

革命後の混乱に「英雄」として現れ、皇帝にまで上り詰めようとする、

ナポレオンの暗殺計画です。

自由、平等、友愛を旗印に、共和制を求めて戦った彼らの理想を踏みにじる、

ナポレオンの独裁。強いフランスに期待する民衆の目を覚まさせるには、

ナポレオンの戴冠を阻止しなくてはならない。

それが、彼らの共通の思い「オスカルの遺志」なのだと。

ところが、先に行われた雪組による「ジョローデル編」と花組による「アラン編」で、

ジョローデルもアランも、暗殺に失敗して死んで行きます。

そして、外伝完結編の「ベルナール編」で、ついに「残された者」となるのが、

ベルナールなのです。

残された者が、残すべきもの。

剣ではなく、ペンを持つ新聞記者であるベルナールに、すべては託され、

外伝のみならず、宝塚版「ベルサイユのばら」が完結します。

最後の場面、これはまだ書きませんが、すごく良かったです。

 

とうこベルナールが歌う「永遠のオベリスク」に、タイトルに掲げた歌詞があります。

永遠に輝け 革命のオベリスク

 

役者語りとショー「ネオダンⅢ」は改めて。

ベルナールもロザリーも、オスカルもアンドレもアランもマロングラッセも、

とにかく、みんな良かったです。星組バンザイ!

 

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2008年11月 5日 (水)

あなたを見つめると

まだ私 あなたのこと 愛していたい

あなたを見つめると

 

宝塚歌劇団星組主演娘役、遠野あすか退団発表。

 

マイ・フェイバリット・スター、安蘭けいさんの相手役でした。

先日退団発表をしたとうこさんと、同時退団ということになります。

正直言って、うれしいです。そうあってほしかったので。

で、BGMは「スカーレット ピンパーネル」からマルグリットの歌で、

「あなたを見つめると」

 

コメディーフランセーズの人気女優だったマルグリットは、

イギリス貴族のサー・パーシーと結婚、激動のフランスからイギリスに渡ります。

ところが、結婚式の当日に、パーシーの態度が激変してしまいます。

実は、パーシーはマルグリットに裏切られたと思い込み、

彼女を信じられなくなっていたのです。

そんなことは知らないマルグリットは、ただ夫の変貌に悩み、

私の愛した人はいない、とせつせつと歌うのが、このナンバーです。

「まだ 愛していたい」という気持ちは、実はパーシーも同じで、

この歌が歌われるパーシー邸のティーパーティの場面で、

パーシーもまた、せつなげにマルグリットを見つめる一瞬があります。

でも、二人が見つめ合うことはない。このすれ違いが、たまらなく悲しく、

あすかちゃんの気持ちのこもった名唱が心に残ります。

 

そしてもうひとつのマルグリットのソロナンバーが「忘れましょう」。

これまた、宝塚史に残る娘役の名唱と言っていいでしょう。

もう見せかけの愛はいらない、思い出にすがるのはやめる、

あなたの妻でいることもやめる、と宣言する大ソロナンバーです。

銀橋にたったひとり、まるでオペラのアリアのように、

ソプラノで歌い上げる堂々たるヒロイン歌唱は、ほんとうにお見事。

マルグリットの心情に、思わず涙、の場面でもありました。

いまの宝塚で、この役を演じ、この歌を歌える娘役は、

あすかちゃんをおいて他にはいません。

そういう意味では、まるであてがきのようと言われた、とうこパーシー同様、

あすかちゃんもまた、あすかちゃんだからこそのマルグリットでした。

 

そして、とうこさんが波乱の宝塚人生だったように、あすかちゃんの宝塚人生も、

はっきりいって、かなりきついものでした。

早くから抜擢されながら、組替、そして専科への移動。

とくに現役娘役でありながらの専科行きは、ありえない仕打ちです。

でも、そのおかげで、まさに奇跡のように、

安蘭けいと遠野あすか、という、ある意味宝塚の枠を超えた男役と娘役が、

めぐり合うことになるのです。

とうこさんが、いまだ二番手の博多座公演「コパカバーナ」。

ギャングのリコと、その情婦のコンチータ。

そして、とうこさんのトップ就任と共に、星組へ移動、相手役に。

とうこさんの相手役になると聞いたとき、

「ほんとうにうれしかった」と言ってくれました。

その後は、短い期間ではあったけれど、コメディーから悲劇まで、

演技派の二人ならではの絶妙のコンビネーションで、

ほんとうに楽しませ、感動させ、幸せな気持ちにしてくれました。

心から、あすかちゃんがとうこさんの相手役でよかったと思っています。

 

もうすぐ全国ツアー「外伝ベルサイユのばら」が始まります。

今度の役は、オスカルにあこがれ、のちにベルナールの妻となるロザリーです。

女優で貴族の妻のマルグリットから一転、貴族に恨みを持つ平民の娘。

また、あすかちゃんの女優魂で、新たなロザリーを見せてくれることでしょう。

 

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2008年10月 5日 (日)

僕の愛は 君を守る

10月4日昼、10月5日昼、観劇。

千秋楽を前に、わたしの「スカーレット ピンパーネル」は終わりました。

でも満足です。

なんとか2公演観劇でき、今日の昼公演は、

東京での観劇中、ベストの出来だったと思います。

中日以降、喉を維持するためにだと思いますが、

セリフも歌も抑え気味だった、とうこさん。

その分、パーシーに威厳が加わったり、歌に説得力が増したり、

という思わぬ効果もありました。

でも、「抑えてるな」という思いは、「大丈夫かな」という心配でもあり、

完全には舞台に没頭できない恨みがあったのも事実です。

でも、今日は違った。

もう、歌もセリフもパワー全開、ついでにアドリブも冴えまくって、

舞台を自由自在に、我が物としていました。

そんなとうこさんを観ていられるのが、なにより幸せだった。

まさに、目の前の君は、前よりもずっと、輝いていた。

 

歌語りのオーラスは、この曲と決めていました。

「目の前の君」

劇場の空間を、その歌声が包み込む、圧巻のナンバーです。

すべての誤解が解け、マルグリットの真実の愛を取り戻したパーシーが、

グラパンの変装を解き、広い舞台にたった一人、

歓喜とあふれんばかりの愛情を歌い上げます。

 

君の愛は、僕を包み込む。

僕の愛は、君を守る。

 

隣国の王太子を救い出すほどの大ヒーローが、

ただ、妻の愛を取り戻したことに大きな喜びを見出す。

なんたって、その前は、歌詞にあるように、

何度も眠れぬ夜をすごし、涙をこぼしたこともある、わけなんですから。

パーシー、もう~かわいすぎる! 大好き。

そうなんです。

この作品のなにが好きって、パーシーという人が好きなんです!

脚本がおもしろい、曲が超絶すばらしい、潤色・演出が見事、

衣装・装置が豪華、振り付け・殺陣の斬新さ、出演者の熱演、

もちろんすべてが感動ものでした。

でも、何度観ても、観るたびに、好きで好きでたまらなくなった。

パーシー・ブレイクニーという人の、純粋さ、誠実さ、まっすぐさが、

この曲の中に表されているのです。

この作品のひとつのテーマである、「仮面」。

人は、いくつもの顔を持ち、真実を隠している。

パーシーもまた例外ではありません。

というより、パーシーこそ、さまざまな顔を持つ、多面的な人物なのです。

では、パーシーの本当の姿とは。

その答えが、「目の前の君」なのです。

 

ほとんど装置のない舞台で、たった一人、

それでも、劇場全体を包み込んでしまう、熱い歌声。

あ~、あの細いからだのどこから、あんなパワーがあふれ出るのか。

あの場に、あの空気の中に浸った至福の時間を、神に、ではなく、

安蘭けいさんに感謝。

すばらしい舞台、すばらしい歌を、ありがとう。

 

この公演が終わってしまうのが、ほんとうに残念。

そろそろ、千秋楽の舞台の幕が下りる時間です。

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2008年9月30日 (火)

召し上がれ マダム・ギロチン

9月も終わります。

明日からは10月か~。寂しい秋です。

そのせいか、単に千秋楽が迫ってきてるせいか、どうも涙腺が緩みがち。

今日はなんと「炎の中へ」で泣いてしまいましたよ。泣く歌か、そんな場面か。

いえいえ、その前から危なかったんです。

これまたなんと、「マダム・ギロチン」で、ギロチンの前に引きずり出され、

床を這う貴族の少年の姿が目に飛び込んできた瞬間に・・・。

「マダム・ギロチン」

怖い歌です。

ギロチンをマダムなどと呼んで、次々に貴族達を生贄とする狂った民衆。

しかし、この歌は、後半の「栄光の日々」へとつながる、

民衆のもがき苦しみながらも、生を、生きる輝きを取り戻そうという、

血のにじむような切望の歌なのです。

ショーブランが中心となるこの歌に、パーシーはまったくからまないわけですが、

今回はあえて、「マダム・ギロチン」を。

 

この歌の中では、まず公安委員であるショーブランの生い立ちというか、

貴族への恨みがどれほどのものかということが、伝わってきます。

裏町で野良犬のように扱われ、着飾った貴婦人達にあざ笑われ。

いつか、そんな貴族社会をひっくりかえしてやろうと、

暗い野心をたぎらせていたのでしょう。

「栄光の日々」の中でも、ショーブランは「革命こそ人類が見た夢」だと歌っています。

革命は成功した、でもそれで終わらない。

ショーブランのような公安委員ももともとは平民だし、

民衆は、長年の恨み、屈辱のはけ口を「マダム・ギロチン」に求めてしまう。

それは、叶うはずだった革命の夢が、実現されてはいなかったから。

暮らしはよくならない、貴族の代わりにロベスピエールが独裁。

そのロベスピエールもまた、こんな状況にあせり、いらだっている。

このナンバーの圧巻は、ロベスピエールの「革命を批判するものは粛清しろ」

という高らかな歌声に、ショーブランが加わり、

「偉大な目的のためには犠牲が必要だ」とハモリ、

さらに、「反逆者に生きる権利はない」と歌い上げる民衆達の大コーラスへと、

たたみかけるように歌い継がれていくところです。

ものすごい迫力に圧倒され、怖い歌、恐ろしい場面なのに鳥肌がたつほど。

民衆、ひとりひとりの、憎悪や苦しみが痛いほど伝わってくるのです。

歌の間にはさみこまれる「シュッ!」という擬音も、ほんとうに恐ろしい。

この場面の振り付け(桜木涼介)も、民衆の暗い心、

憎悪の深さ、苦しみを表現していて、秀逸です。

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2008年9月29日 (月)

登れない山 渡れない河

今日も楽しかった。(日付変わっちゃいましたけど)

農協観光の貸切を見ることができ、貸切公演ならではのギャグも堪能。

でも、日増しに寂しさがつのるのです。

手元に残ったチケットは、わずか2枚。

千秋楽はもちろん、その日の昼公演のチケットもないよ。はぁ~。

そんなわけで、この歌のことに触れなくては。

 

「ひとかけらの勇気」

ブロードウェイ版にはない、ワイルドホーン氏の書き下ろし新曲であり、

とうこさんの声を聞いて作られたという、宝塚版スカピンのテーマ曲です。

覚えやすく、きれいなメロディ、潤色の小池修一郎先生の歌詞もいい。

何より、とうこさんの声質にほんとうによく合っています。

そして、イギリス貴族でありながら、隣国フランスのために闘うという、

パーシー・ブレイクニーという人の想いを表わした、とても重要なナンバーです。

まさに対岸の火であるフランス革命後の混乱のパリ、

なぜ、遊び人の貴族が命をかけてまで、その炎の中へ飛び込んでいくのか。

見過ごせない、諦められない、なんとかしたいという想いは、どこから来るのか。

この作品は、ヒーローものの活劇なのだから、正義感といってしまえば簡単。

でも、ひとたび安蘭けいという役者が演じ、歌うと、

それよりも、もう少し繊細な感覚がそこに生まれるのです。

 

人は、とても弱くて、ずるいところがあるものです。

見て見ぬふりをして、やりすごすことは、処世術。

誰かがやってくれるからといって、忘れてしまえれば。

でも、忘れられなかったら。

勇気を持ちたい、持っていたい。

自分に言い聞かせる、奮い立てる。

 

「ひとかけらでも勇気があるなら」

 

だから、この歌の中で、パーシーが、

「登れない山 渡れない河 数多の障壁乗り越えて」

と歌うところが、いちばん好きです。

パーシーだって、完全無欠のヒーローなんかじゃないのです。

弱い心を持つひとりの人間です。

ほら、マルグリットのことでメチャクチャ悩んじゃうような、ただの恋する男だったり。

そんな人間が、だからこそ、すこしでも勇気があるなら、

自分にできることをしようと立ち上がる。

そんなパーシーが、自らも励ますように歌う歌だからこそ、心打たれるのです。

そして、少しせつなくなるのです。

 

登れない山。渡れない河。

いまなら、とうこさんの「Stage History」を読んだいまなら、

とうこさんの宝塚人生にも重なります。

登れない山。渡れない河。

誰の人生にもある、そんな障壁。

乗り越えられるか、乗り越えたい。

 

誰しも、大きな壁を前にしたとき、ひるみ、立ち止まり、後戻りしたくなるものです。

そんなときに、歌ってみたい。

「登れない山 渡れない河 数多の障壁乗り越えて」

パーシーもルイ・シャルルに言っていました。

「怖くなったら歌うのです」と。

そうします。

 

この歌といい、「炎の中へ」とか、スカピンって応援歌がいっぱいあるんですね。

だから、見るたびに元気になるというか、勇気付けられて、

見終わったあと、晴れ晴れとした感じがするのですね。

 

「ひとかけらの勇気」

たぶん、宝塚でも、それ以外でも、ずっと歌い継がれていく名曲だと思います。

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2008年9月19日 (金)

真実を探しながら

まさに至福のときは終わりました。

昨日18日、またまた友人の誘いでスカピンへ。

お席はなんとSS席~、万札が一瞬で消えましたよ。

でも、やはりすばらしいです。眼福、満腹、幸せの極地でした。

前方、ほぼど真ん中の恩恵をすべて受けてきました。

美しい、カッコイイ、瞳キラッキラッ、ですから。

ただただ見とれてしまいましたが、もちろん主役の方ばかりでなく、

「栄光の日々」の民衆の迫力にも大感動。

今後も観劇予定はあるのですが、もう1階席に降りることすらないでしょう。

10月に入ってからのチケットはないし。

 

悲しい現実はとりあえず置いておいて、

今回は「謎解きのゲーム」です。

初見のときから、すごいと思ったのが、一幕最後の「謎解きのゲーム」でした。

ある意味、二幕最後より盛り上がる幕切れです。

この曲の場面は、プリンス・ウェールズ主宰の王室の仮面舞踏会。

仮面を手にした、パーシー、マルグリット、ショーブランが、

互に疑い、その心を計りかねて歌う三者かけあいに、

コーラスが加わり、最後はピンパーネル団の「炎の中へ」からの一節や、

公安委員たちの「マダム・ギロチン」からの一節(?)も重なり、

全員での「見失う、愛を」で終わる、スケールの大きなナンバーです。

それぞれが、それぞれの思いを歌い、主張しあって、

二幕へ「謎解き」を持ち越すわけですが、それぞれの切羽詰った思いが、

緊迫感を生み、白熱の歌合戦の様相も帯び、

見応え、聞き応えたっぷりで、客席を圧倒します。

また同時に、ビジュアル的にあふれんばかりの豪華な衣装たちと出演者。

実際、花道まで人で埋まりますからね。

歌が大詰めに差し掛かると、舞台背後から断頭台がせり出し、

その上にたたずむのは、ルイ・シャルル王太子!

そのまわりに、捕らわれたマルグリットの弟アルマンや伯爵、

そしてパリの民衆達も。

つまり、出演者すべてが舞台上にそろう大団円となるのです。

まだ一幕なので、大団円とはいえないわけなんですが、

もう、これですべて終わり、くらいの勢いの豪華絢爛の幕切れ。

大劇場初日のとき、このときの拍手のすごさに、

成功を確信したと、とうこさんは語っていましたが、

まさに鳥肌ものの場面となっていました。

また、最後に一人銀橋に残るパーシーのカッコイイことといったら。

結局それなのか。

 

ミュージカルの醍醐味、ここに極まれり、という壮大なナンバーです。

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2008年9月16日 (火)

あなたこそ我が家

スカピン東京公演も、後半戦に入ってしまいました。

今日は一回公演、明日は休演日、思いっきり歌い上げていましたよ。

おまけに今日は、二階A席からの観劇でしたが、

とうこさんの「祈り」の涙、

フィナーレの剣にキスしながらのウィンクも目撃!

あ~、もう~大好き!

そんなわけで、すべてがすばらしく楽しい観劇で、思う存分蕩けてきましたが、

歌語りは「あなたこそ我が家」です。

 

「あなたこそ我が家」は、スカピン愛のテーマです。

まずパーシーとマルグリットの結婚式で二人のデュエット。

もう、もう、ほんと~にため息ものの美しいシーンであり、二人です。

これは歌えるものなら結婚式の定番にもなりそうな歌なのですが、

それこそ、歌えるものなら歌ってみな・・って言いたいくらい、

微妙にハモリの難しい曲なのです。

とうこさんも言っていましたが、半音でハモルところがあり、

聞いていても、一瞬おやっと思うのですが、はずしているわけではなく、

そういうハモリなのですね。

でも、歌の上手い二人にかかると、ほんとうに気持ちよく盛り上がる。

歌詞が、もうそのまんま。

今日から君がすべて、あなたこそ我が家だ、一緒に年をとろう、って。

この二人はこの直後に、早くも夫婦の危機を迎えるので、

なおさら、このときの二人の幸せそうな姿と歌詞が心に残ります。

しつこいですが、「あなたこそ我が家」は、愛のテーマですから、

ピンパーネル団と恋人達の場面でも歌われます。

そして、もう一度。

まあ、それは見てのお楽しみで、ストレートにいい曲です。

とうこさんの伸びやかな明るい歌声が聴けるのもうれしい限り。

そして、「我が家」が、愛の言葉であるということに、素直に感動してしまいます。

夫婦の間が冷えているのを見透かしたショーブランに、

「フランス行きの船を手配しよう」と言われたマルグリットは、

「ここが我が家なの」と悲しく訴えます。

つまり、「パーシーが我が家なの」、

つまり、「パーシーを愛しているの(もしくは、愛していたいの)」と。

 

「マイホーム」といってしまうと、なんだか保守的で、

情熱とかもなくなった夫婦みたいなイメージですが、

愛する人こそが帰りつく場所であり、安らぎの場所である、

というこの歌の優しさが、ほんとうに胸に染みます。

  

今後、「結婚式の場面」といったら、これを思い浮かべるだろうし、

この歌ほど結婚式にふさわしいものはないと思います。

神よ、うまれたばかりの夫婦に、祝福を与えたまえ~。

 

ずいぶん、ゆるい記事になってしまいました。

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2008年9月11日 (木)

血を見るのはもう嫌だ!

今日は仕事をしていたのです。

ところが突然の電話で、スカピンを観劇する友人が行けなくなったと。

席をあけたくないから行ってくれと。

お金ないよ~というと、いいから・・・というので、仕事うっちゃって行って来ました。

こんなことしていると、今に身を滅ぼしますよね。

そんなわけで、またまた分不相応なS席での観劇です。

 

今日は、なぜか(って、まあ前方席だったので)、

民衆の一人一人が目に飛び込んできました。

「フランス万歳!」とギロチンの上で叫んでいた美城れんさん。

この人は、靴屋のオヤジでも演技巧者ぶりを発揮していますが、

民衆になりきった表情やダンスの振りがひときわ目を引きました。

死者への弔いのような泣き声、あるいは悲鳴のように心に刺さる、

毬乃ゆいさんの歌声。

「血を見るのはもう嫌だ」と叫ぶのは、毬乃さんだったか、百花沙里さんか。

百花さんは、コメディフランセーズでの場面でも、マルグリットの歌に、

かたくなな心を次第に溶かしていく様を、後姿だけで演じて見せてくれます。

踊っていても、たたずんでいても、その美形ぶりで目を引く、美弥るりかさん。

しなやかな身のこなしも、とてもきれいなのですが、

この人も芝居心があるのでしょうね、ふとみせる表情がとてもいいです。

「栄光の日々」の民衆達の歌のセンターで、強い決意を見せてくれる、

さすがのベテラン、朝峰ひかりさん。

この方の靴屋の女房も絶品です。

上級生から下級生まで、今日特に目に付いた生徒をあげましたが、

とにかく民衆のひとりひとりがすばらしいのです。

この民衆あってのスカピンなのだと、改めて感じました。

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2008年9月 8日 (月)

今度こそ 本当の自由を

スカピン4回目、ですかね。

今日は「目の前の君」が、とにかくすばらしかった!

あと、フィナーレのダンスで、剣にキスするところがカッコよすぎた!

で、歌語りは「目の前の君」にしようと思ったのですが、

これを語るのはやっぱりオーラスですよね。

なので今日は「栄光の日々」です。

 

「栄光の日々」は、パーシーのソロ曲であり、

この作品のテーマ曲ともいえる「ひとかけらの勇気」とともに、

ワイルドホーン氏が宝塚版用に書き下ろした新曲です。

このナンバーがないブロードウェイ版て、いったいなんなんだ、

単なる冒険活劇コメディだったのか!

(いや、それでも充分楽しいんですけど)、

というくらい、宝塚版では重要なナンバーとなっています。

これは、この作品のもうひとつの主役ともいえる民衆の歌だからです。

革命という「人類が見た夢(byショーブラン)」を、

革命を起こした側のショーブラン、

隣国の革命のもたらした混乱に手を差し伸べようとするパーシー、

そして、ほんとうの自由を手に入れようと立ち上がる民衆、

この三者に歌い継がれていくところが、とにかくすばらしい。

ショーブランの「革命の夢を見、戦った日々こそ栄光の日々だった」という思いも、

パーシーの「多くの人が血を流した、そのあとに何が残ったのか」という問いかけ、

そして「人は誰でも自由を求める権利がある。栄光の日々を自分の手でつかむのだ」

というはげましも胸を打ちます。

そして、それ以上に、最後に歌い継がれた民衆の、心の底からの叫びのような

「今度こそ、本当の自由を手に入れるのだ」という強い決意。

星組のアンサンブルの見事さに鳥肌が立ちます。

楽曲の壮大さも、ほんとうにすばらしくて、

この新たな名曲が宝塚版オリジナルであるということが輝かしい勲章のようです。

この楽曲は、ブロードウェイ版を潤色するに当たり、

小池修一郎が日本人の抱く「フランス革命」、というより、

ベルバラ宝塚にとっての美化されたフランス革命との折り合いをつけるために、

ワイルドホーン氏に依頼したものです。

その思惑は大成功だったといえるでしょう。

革命に見た夢や思いをまったく否定するわけではない、

しかし、それが引き起こしてしまった恐怖政治と、

革命によっても救われなかった民衆達の暮らしや心の飢餓、

そこから立ち上がるために必要な勇気、

本当の自由は自分たちでしか勝ち得ないのだということ。

国は、貴族のものでも、新しい独裁者のものでもなく、民衆のものなのだと。

それらすべての思いがひとつの歌の中にこめられているのです。

「栄光の日々」、それぞれの思いが昇華された名曲です。

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2008年9月 2日 (火)

誇り高く飛び込もう 炎へ

やっぱり1階席がいい。欲を言えばセンターブロックならなおいい。

でも見られるだけ幸せです。

本日、『スカーレットピンパーネル』東京公演3回目の観劇でした。

1階前方、でも下手。

開演前に、いそいそと主題歌CDを買いまして、帰宅後試聴いたしました。

ああ、やっぱり生歌がいいよ~!! とくに、とうこさんの場合は。

今回の主題歌CDは、かなりの豪華版で、収録曲は以下の通り。

 

1.ひとかけらの勇気(安蘭けい)

2.あなたを見つめると(遠野あすか)

3.君はどこに(柚希礼音)

4.炎の中へ(安蘭けい&ピンパーネル団)

 

で、正しく主題歌というのは、とうこさんの「ひとかけらの勇気」なわけですが、

もう、今日聞いてきたばかりですから、その違いはあまりに大きい。

よく、とうこさんは、お芝居の中で歌う歌が好き、ということを言いますが、

芝居の感情の流れのままに歌うことで、歌に色艶がでるというか、

情感のこもりかたが違うと、声の艶がやはり違ってくるのでしょうね。

CDの声はきれいでも、やはり何かが足りない。

そんなわけで、今日も生歌に鳥肌たててきたのですが、

今日、とくにビビッときたのは、安蘭けい&ピンパーネル団歌うところの、

「炎の中へ」、INTO THE FIRE でした。

この歌も、曲はワイルドホーン氏によるものですが、

9.11テロのときに活躍した消防団の方たちが歌ったという逸話を持つ名曲です。

今回の宝塚版では、3回歌われます。

まず最初は、ピンパーネル団結成のとき。

前回も書きましたが、パーシーが、

「ひとかけらの勇気があるなら、ともにドーヴァーを渡ろう」

と仲間に呼びかけ、ピンパーネル団結成となるのですが、

ここから、ドーヴァーを渡りフランスに上陸するまでが、この歌で表現されるのです。

とにかく、胸がわくわくする、最高にカッコイイ場面であり、その舞台転換はお見事。

パーシーの部屋が、パーシーの船デイドリーム号になり、

ピンパーネル団は船上で、イギリス貴族から洗濯女に変装する!

これを、歌いながら、衣装換えしながらやってのけてしまうのです。

8人の洗濯女と、妖しげな男1名が、「炎の中へ~」と歌い上げると、

もう拍手喝さいです。

ほんとうに、何度見てもほれぼれする名場面です。

で、この歌のとうこさんの歌唱が、力強くメリハリがきいて、

正直、こういう歌い方のとうこさんははじめてかも。

ミュージカル風の歌い方というやつなのかもしれませんが、

いつになく、しっかりと言葉を伝えるように、ちょっとオーバーなくらいに

力を込めて歌っています。

世界中を敵に回しても、使命なら果たそう、と歌うのですから、力もこもります。

あと、この歌は、友情を歌ってもいます。

2度目に歌われるのは、まさに、そういう場面。

いよいよ、最大の目的である、大太子ルイ・シャルル救出に向かうとき、

パーシーは仲間達に、フィアンセのいるものは来なくていい、と言います。

それに対して、仲間達は「俺達をみくびるな」と言って、歌いだします。

恐れに震えるときもあるだろう、でも闘志だけはなくしてはならない、友よ!と。

熱いぜ、みんな!

あと、もう一度歌われるのは、一幕最後の「謎解きのゲーム」のなかで、

出演者が一堂に会する形のフィナーレ的演出の中で、

ピンパーネル団もこの歌の一節を歌います。

こういう、いくつもの曲がからみあう大合唱も、このミュージカルの醍醐味です。

というところで、今日はこのへんで。

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2008年8月27日 (水)

心の奥に生まれた迷路

成功したかに見えたフランス革命、

しかし、その後に待っていたのは、貴族のみならず罪なき人々まで

「マダムギロチン」の生贄にされる恐怖政治だった。

そんな中、貴族を救い、ドーヴァー海峡を越えてイギリスに脱出させる

神出鬼没の謎の人物がいた。

紅はこべの紋章をもつ「スカーレットピンパーネル」こと、

イギリス貴族パーシー・ブレイクニーの活躍を描く冒険活劇ミュージカル。

 

君がひとかけらの勇気を持っているなら、共にドーヴァーを渡ろう!

 

というわけで、26日昼の部、スカピン観劇してきました。

改めて書いていて、ちょっと興奮しちゃいました。

いいですね、痛快明朗冒険活劇! 大好きです。

観劇は初日以来。

初日は、友人の計らいで、かなりいい席で観させてもらったのですが、今日は本来の状態に戻り、いちばん安いB席、ほぼてっぺんからの観劇でした。

遠かったですが、舞台全体を見渡せ、セットの転換や、群舞の構成の見事さなど、2階席ならではの発見も多々ありました。

グラパンさんは、まだまだ控えめでした。

関西と東京の笑いの違いを探っているところでしょうか。

そこで、今回は、もうほんとうに、毎回毎回感動させてもらっている、

とうこさんの歌語りを。

どの歌もすばらしいのですが、今日の気分で、まずは「祈り」から。

 

この歌は、愛の前に心の弱さを見せる一人の男の、まさに祈りの歌。

とにかく、とうこさんの澄んだ声とドラマティックな歌唱がすばらしい!

静かな歌い出しに、ぎゅっとつかまれて、あとはパーシーのせつない思いに同化して、毎回泣きそうになります。

けっこう初めのほうにあるので、とうこさんも感情をもっていくのが難しいと言っていましたが、大劇の終わりごろには、涙が光っていたらしいです。

この歌の状況を説明しましょう。

パーシーは、以前は革命の女闘士でもあり、その後はコメディ・フランセーズの女優だったマルグリットと恋に落ち、イギリスに迎えて結婚をします。

ところが、その結婚式の直後に、フランスでの協力者が密告によって処刑されたことがわかり、その密告者がマルグリットだったと知らされます。

マルグリットの前では平静を保ちながら、一人になったときに歌うのが「祈り」です。

君が何をしていてもかまわない、そばにいてほしいんだとパーシーは歌い始めます。

疑惑を持ってしまった今でも、パーシーはマルグリットを愛している。

でも、裏切られたという思いが胸を締め付ける。

だから、自分が愛した人のままでいてほしかった、とせつせつと歌い、妻に欺かれた愚かな男を演じようと、自分をあざけるのです。

そして最後に、神に向かい、この試練を必ず乗り越えるから、力を与えて欲しいと歌い上げます。

この歌が好きなのは、曲もとてもいいのですが、とうこさんの歌によって、パーシーという人の愛情の深さと、人としてのまっすぐさが、ちゃんと表現されているからです。

パーシーはこの状況で、マルグリットへの愛をあきらめてはいないのです。

これは試練なのだから乗り越えようと自分に言い聞かせる、そのほんとうに大きな愛というか、強い思いに惚れ惚れしてしまいます。

そのくせ、その後は、もうメチャクチャ、マルグリットに冷たい態度をとるんですけど。

義弟のアルマンに指摘され、「僕は僕なりにマルグリットを愛しているのだよ」というところがあるのですが、逆にアルマンに「それならば、なおさら、あなたにも愛のレッスンが必要ですね」と言われてしまう、そんなパーシーが、たまらなく好き!

 

あ~、やっぱり一曲しか書けませんね。

歌語りはシリーズでボチボチ書いていきます。

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2008年8月22日 (金)

それぞれの金メダルをめざして。

宝塚歌劇星組公演『スカーレット・ピンパーネル』東京公演、

祝初日! バンザーイ!!

 

始まれば、終わりが来る。

初日の大喝采の中で、主演者は、もうさみしいと言った。

それだけ充実しているということなんですね、とうこさん。

それにしても、我が組を、なぜに「月組」なんて言っちゃったんでしょうね。

そんなあなたが、たまらなく好きです。

アドリブのやりすぎを演出の先生に注意されたと聞きますが、

初日から、ソフトボール金メダルネタ、アンダースローの振り付きで、

大いに盛り上げてくれてありがとう。

歌も芝居もほんとうにすばらしいと思うけど、

それから剣を使ったダンスは超カッコイイし、きれいで見とれちゃうけど、

あなたに与えられた最高の天からの贈り物は、お笑いのセンスだと思う。

誇りを持って、あなたを「グラパン役者」と呼びたいと思います。

(グラパンって、主人公が変装したときの人物で、もういるだけでおかしい!)

爆笑あいさつの途中に、客席から「楽しかったよ~」と声がかかった。

誰でもが、わかる、楽しめる、ニコニコしながら家路につける。

高尚な芸術作品じゃないけれど、そんな最高のエンターテインメントに勝るものなし。

千秋楽を待たなくても、みんなに金メダルあげます。

とにかく、幕は開きました。

千秋楽のチケットはむずかしそうだけど、それまで思う存分楽しませてもらいます。

いずれきちんと、公演の感想も書くつもりですが、いつになるやら。

いまはただ、次の観劇がまちどうしいです。

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2008年8月18日 (月)

高潔なアラブの戦士となったイギリス人

日付が変わって、昨日、8月17日は、東京宝塚劇場での花組公演『愛と死のアラビア』『Red Hot Sea』の千秋楽でした。

今回のこの公演は、初日と千秋楽のみの観劇という、いいんだか悪いんだか、でもけっこう贅沢な観劇だったかも。ともにB席でしたが。

初日観劇後に感想らしきものを書かなかったので、いまさらながら、少し書いておこうかと思います。

『愛と死のアラビア』は、アラブの戦士として死んだ実在のイギリス人トマス・キースの生涯を描いたローズマリ・サトクリフの『血と砂』をミュージカル化したもので、原作は上下巻に分かれるくらいの大作です。

アラブの戦士たちに“隼の目を持つ男”と呼ばれる狙撃の名手であるイギリスの兵士が、オスマン・トルコの支配下にあるエジプト軍の捕虜となり、エジプト太守の息子たちや奴隷となった娘、砂漠の部族たちと交流するうちに、彼らを愛するようになり、イギリスに帰ることなく、アラブの戦士として生きていく、という壮大なストーリー。

映画『アラビアのロレンス』をイメージすると分かりやすいと思います。

そんなスケールの大きな愛と冒険の物語を、1時間半くらいの一幕ものにまとめるのは、正直言って無理というもので、案の定、物語の途中までなのだそうです。

というのも、舞台では、主人公のトマスが、オスマン・トルコの将校を殺した罪で、翌朝には処刑されてしまう、というところで終わっているのです。

原作を読まずに観劇したので、てっきり、トマスはこんなにあっけなく、ロクに活躍もせず死んでしまうのか、と思ったのですが、初日観劇後、原作を読んだ花組ファンの友人から、ここではトマスは死なないと教えられ、ビックリ。

それは詐欺というものでしょう!

というのは言いすぎで、あくまで舞台は舞台、原作は原作とは思うのですが、「ああ、死んでしまうんだな」と、いかにも思わせぶりな終わり方はどうかと。

助かって、アラブの戦士として生きていく~、というところで終わらせてもいいんじゃないかと。

いきなり、明日死ぬから結婚しよう、なんなら改宗しよう、とか言うのもどうかと。

というように、いろいろ不満の残るお芝居ではありました。

壮大な物語が、やけにこじんまりとした話に見えてしまっているのも残念でした。

でも、初日からひと月以上たって千秋楽の舞台を見て、主演の真飛聖さんはじめ、主要キャストの芝居はしっかりと、それぞれのキャラクターをつかんでいるようでした。

登場人物それぞれが、とても魅力的だということは、想像できるのです。

それだけに、充分に描ききれていない脚本・演出(谷正純)を恨むしかありません。

 

主演の真飛は、我がご贔屓組である星組から組替えで花組に移動、今回の公演で主演男役に就任しました。

嫁に出した娘のような感じで、いつまでも心配で見ていましたが、堂々たる主演ぶり、千秋楽のあいさつでも、「花組を誇りに思う」としっかりと宣言しており、安心したのと同時に、弱冠さみしかったりもしました。

今後のますますの活躍を、陰ながら応援して行きたいと思います。

 

ということで、花組が終わったということは、今週末には、いよいよ我が星組の東上です。

待ってました! 初日に行かせてもらいます!

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2008年8月 5日 (火)

新しいヒーローの誕生です!

8月2日から4日までの二泊三日、宝塚大劇場公演『スカーレット・ピンパーネル』千秋楽までのカウントダウン4公演を観劇するために遠征してきました。

疲れたけど、楽しかった~!

花火も見たし、最高の夏休みでした。

今は、無事千秋楽を迎えたことの安堵感と、すばらしい公演だったことへの幸福感でいっぱいです。

今回の公演は、主演者のファンとしては、もう、それこそ「思い残すことがない」くらいの勢いで、ファン冥利につきる作品であり、それをまた

マイ・オンリーワン・スター安蘭けい

が、まさに本領発揮、硬軟自在の演技力、劇場を震わす歌声、抜群のお笑センス、そして言うまでもなく、超カッコイイ&美しい舞台姿で、魅了してくれました。

いろいろあって、苦節○年、主演になるのがとても遅く、就任期間も短いだろうと言われ、トップになれただけでも感無量だったファンに、つぎつぎと新たな夢を見せ続けてくれた。

いつも、どんなときも、夢と笑いを忘れない、最高の舞台人です。

今回の舞台で、ものすごく評価されて、いまさらのように褒めていただいているけど、そんなの昔からだよ~!!と思いつつも、正直うれしくてたまりません。

舞台人への評価は、やはりそれなりの作品あってのものなのだと痛感しています。

そんな作品に当ったこと(というより、やはりそんな作品を引き寄せたのは、とうこさんの実力なのだと思ってはいますが)、本人もそうだけど、ファンにとっても、こんな幸せなことはないんだと改めて思いました。

まだ、東京公演があるし、総括はしないけれど、ミュージカルというものの楽しさ、そして宝塚ならではの舞台であること、それらを網羅しつつ、万人が見て楽しめる、幸せになれる、何かを感じ取れる、勇気を持たせてくれる、それが『スカーレット・ピンパーネル』です。

そして、まさに珠玉の名曲の数々、主演3人の見事な歌唱、アンサンブルの迫力、それだけでも感動の嵐なのに、おもしろい、笑える、アドリブ満載、こんな楽しい作品めったにない。

東京では、とにかく行けるだけ行きたい。

でもチケット難なのです。でも、これは観ないではいられません!

観るぞ~!!(どうか初日のチケットが手に入りますように・・)

 

宝塚歌劇・星組公演
三井住友VISAミュージカル
『スカーレット・ピンパーネル』THE SCARLET PIMPERNEL
Book and Lyrics by Nan Knighton
Music by Frank Wildhorn
潤色・演出:小池修一郎

東京宝塚劇場
2008.8.22→10.5

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2008年6月28日 (土)

スカーレット・ピンパーネル

悪戦苦闘して、ようやくブログパーツ貼り付け完了です。

これしたくてブログ始めたようなものなので。

 

「スカーレット・ピンパーネル」

現在、兵庫県宝塚市の宝塚大劇場で公演中のブロードウェイ・ミュージカル、日本初演の舞台です!

主演は、愛してやまない、宝塚歌劇団星組の安蘭けい様、とうこ(瞳子)さんです。

6月20日の初日に駆けつけ、二日目も無事に舞台をつとめあげたのを確認して帰ってきました。

なぜって、この方、何もかも完璧な舞台人であるにもかかわらず、

人(ファン)を心配させることに関しては右に出るものがいないという、

「ほっとけないキャラ」の持ち主でして。

ま、その話はいつかするときが・・くるかどうかはわかりませんが。

 

しかし、今回は1本物(通常宝塚の演目はお芝居とショーですが、芝居のみ2幕の場合)の、しかもスケールの大きなミュージカル。

音楽は「ジキルとハイド」などを手がけたフランク・ワイルドホーン氏。

ブロードウェイ版でも屈指の歌い手が挑戦した難曲・大曲の数々を歌うのです。

開演の挨拶の声が、かすれていたような気がしただけで動悸が早まりました。

ですが、もともと宝塚屈指の歌い手として選ばれたのです。

せつせつと、そして力強い歌声に、初日の舞台は大拍手の嵐でした。

とうこさんだけではないのです。

相手役の遠野あすかさん、二番手男役で、今回憎めない悪役に挑戦した柚希礼音さん、そして名もなき群集を演じる生徒たちのコーラス!

みな渾身の歌唱で、すべてに拍手を送りたくなるのです。

これぞミュージカルの醍醐味!

楽曲も壮大なら、衣装も装置もスタッフも超豪華。

おまけに、このミュージカル、ブロードウェイ版ではコメディだったそうで、

そこは、お笑センス抜群の関西人代表であるとうこさんの本領発揮。

とにかく、あっと驚く演技で大いに笑わせてくれます。

そして、今回、潤色・演出をした小池修一郎先生の功績といえるのが、

この「明朗快活アメリカ製痛快活劇コメディ」を、

「愛、愛、愛~ベルバラ宝塚製エンターテインメント」に仕上げたことです。

小池氏の代表作で、これも潤色・演出である「エリザベート」に比べれば、

ご本人も言っているようですが「軽い演目」ではあります。

でも、演じている俳優達にとっては、軽さなど感じないでしょう。

何度も書きますが「渾身の舞台」です。

大いに笑って、楽しい気持ちで観客を帰らせるために、

どれだけの努力と情熱をそそぎこんでいることか。

そう思うと、すべての出演者をハグしたくなります。

 

日々進化していくと定評のある星組です。

今度観劇するのは、千秋楽にかけての数日になる予定。

それまでは、初日観劇以来、頭の中で鳴り続けている楽曲の数々とともに、

気だけは、かの地に送り続けたいと思います。

ビバ!星組、ビバ!とうこさん。(・・こればっかり)

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