グラン・アモール 偉大なる愛(2)
オーストリア后妃エリザベート。
19世紀のヨーロッパでもっとも美しいと言われた女性。
ハプスブルグ家の最後の輝き、そしてその栄華の幕引きを果たした女性。
「シシィ」
オーストリアで、そしてハンガリーで、今もその愛称で呼ばれる、
誰もが愛さずにいられなかった后妃の、自由への渇望と孤独。
舞台版のエリザベートは、オーストリアの宮廷での不自由な暮らしから逃れ、
夫フランツから、姑ゾフィから、そして息子ルドルフから、遠くへもっと遠くへと、
旅を続けるエリザベートが描かれます。
そして、あるときエリザベートはすべてを悟ってしまいます。
旅することで自由にはなれない、魂は束縛されたまま、生きている限りは。
物語の冒頭、シシィが父親と歌うナンバーが好きです。
「自由に生きたい! パパのように」
思いもかけずオーストリアの后妃となったことで、シシィの人生は狂っていきます。
ゾフィによる人格さえ踏みにじる皇后教育、子どもを奪われ、好きな乗馬もできない、
頼るべき夫フランツは強い母親のいいなり。
そんなシシィを、黄泉の帝王トートは「死」へ誘います。
でもシシィは、「生きてさえいれば、いつか自由になれる」と信じ、
選ぶのは私、決めるのは私なのだと、高らかに歌い上げます。
ミュージカル「エリザベート」中、もっとも感動的といえるこのナンバーは、
しかし、結局シシィを裏切ります。
だって、「死」によって、愛を、安らぎを得る、それが結末でいいのでしょうか。
歴史上のエリザベートは、61歳で、舞台と同じように旅先で暗殺されます。
暗殺者ルキーニの刃を、避けずに受け止めるエリザベートは、
トートの愛を受け入れた、ということなのでしょうか。
どうみたって、人生に疲れ果て、もうどうでもいいやと身を任せた末の死。
それは、安らぎというよりあきらめに見えます。
生きているうちに、自由にはなれなかった。
死んで、愛も魂の自由も得た、これからは限りのない愛を二人で・・
と、舞台上では純白の衣装のトートとエリザベートが幸せそうに寄り添い、
フィナーレを、迎えます。
それだけ観れば、なんてドラマチック、とってもロマンチック、なのですが。
でも、それっていきなりだし。
なんだか、どこかが違う。
いつエリザベートはトート(死)を愛したの?
トートは「生きたお前に愛されたい」んじゃなかったの?
なんか、とってもひっかかります。
ごまかされているような気が。
宝塚版だから、「愛」を主題にしなければならなかったから、
無理やりこじつけた潤色だったのかな、などと勘ぐったり。
機会があったら、東宝版の「エリザベート」も観てみようかと思います。
宝塚月組公演「エリザベート-愛と死の輪舞-」
2009.7.10-8.9 東京宝塚劇場
脚本・歌詞:ミヒャエル・クンツェ
音楽:シルヴェスター・リーヴァイ
潤色・演出:小池修一郎
出演:瀬奈じゅん(トート)、凪七瑠海(エリザベート)、
霧矢大夢(フランツ・ヨーザフ)、明日海りお(ルドルフ)


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