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2008年12月

2008年12月30日 (火)

2008年 観劇した宝塚歌劇

今年は、宝塚で始まり、宝塚で終わった一年。

というより、もっとはっきり言えば、星組主演男役であるところの安蘭けいさん、

とこうさんで始まり、とうこさんで終わりました。

おかげで、今年も大いにハメをはずしました。

そして、このお祭りも、来年でいったんおしまいです。

では、とうこさん中心に、今年の宝塚を振り返ります。

 

1月2日~2月11日 東京宝塚劇場

星組東京公演「エルアルコン~鷹」「レビュー・オルキス」

青池保子さんの漫画を舞台化した海洋冒険活劇です。

後半の「スカピン」もそうでしたが、今年の星組は、伝統のコスチュームもの、

そしてエンターテインメントの王道的冒険活劇で、ファンの心を鷲づかみ。

とうこさん的にいえば、ビジュアル面での完璧な美しさ、カッコよさに、

得意の歌を存分に発揮できる音楽(エルアルコン=寺嶋民哉)にも恵まれ、

まさに本領発揮の一年でした。

この「エルアルコン」では、自分の野望のためなら、

女性や実の父親でさえも、手にかけてしまう冷血漢ティリアン、

という悪役を演じながら、そこは宝塚、

きっちりと乙女心をつかむ悪役の色気をかもし出し、

さらには野望を砕かれ、美少年とともに爆死するという壮絶な最後が、

なんともヒロイックにドラマティックに盛り上がり、さらに、

やはりティリアンに抱かれて死んだ女海賊ギルダとともに、

純白の衣装で再登場、その天使のような清らかな姿に涙するという、

悪魔と天使、どっちもいい!という、救いようのないファン魂で、

東京公演、大いに堪能したのでした。

 

3月13日~4月14日 大阪・東京・名古屋

星組特別公演「赤と黒」

とうこさんが下級生の頃に観劇し、やってみたい役として言い続けてきた役、

スタンダール原作「赤と黒」のジュリアン・ソレル。

ファンならもちろん知っていた作品、その夢を、とうとうかなえました。

この時点のとうこさんには、若すぎる役となってしまっていたにもかかわらず、

その舞台姿の若々しさ、かわいらしさに、ファンもビックリ。

母性本能をくすぐられる一途な青年に、見事に成りきり、

とうこジュリアン・ソレルを、確かに作り上げていました。

滑稽なほどのジュリアンの、若さゆえの行動を、胸の痛くなるような、

熱くほとばしる、生への、恋への、ギリギリの生き様に昇華させた力量は、

とうこさん、憧れの役への思いはいかばかりだったか、という入魂の演技。

そんなジュリアンに無償の愛をささげる人妻、レナール夫人を演じた遠野あすかの、

成熟した女性の母性と、少女のような純愛が、それを優しく包み込み、

ラストは断頭台の露と消える運命ながら、ジュリアンの満ち足りた表情に、

癒され、観る側としても深い満足感を覚える舞台でした。

 

6月20日~8月4日 宝塚大劇場

8月22日~9月5日 東京宝塚劇場

星組公演「スカーレット ピンパーネル」

この作品については、ここにも散々書きました。

もう、これで満足、思い残すことはない!と思っていたら、

ほんとうに退団発表になってしまい、それはそれでショックでしたが、

でも心から、とうこさん主演でこの作品を観ることができたことを、

うれしく、幸せに思えたことが、今の落ち着いた心境をもたらしてくれたと思っています。

ありがとうスカピン、ありがとうワイルドホーン氏、ありがとう小池修一郎先生、

そして、ありがとう星組!

 

11月9日~ 梅田芸術劇場ほか

星組全国ツアー「外伝ベルサイユのばら~ベルナール編」「ネオ・ダンディズムⅢ」

退団発表のあとの全国ツアーは、思い入れもあり、格別の楽しさであり、

一言で言えば、とても幸せな公演でした。

「外伝ベルばら」には全然期待していなかっただけに、

もう絶賛に近いくらいに褒めちぎっちゃいましたが、

それもこれも、やはりいまの星組の充実度を物語っていると思います。

 

来年は、とうこさん卒業の4月までは、とにかく突っ走り、

あとは、東京に来る公演を、各組1回ずつくらい観る程度になると思われます。

4月退団者の多い星組の行く末は、やはりとても気になります。

 

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2008年 読んだ本

今年も本はけっこう読んだ、と、思うのですが。

小説やエッセイ、旅や雑学の本とか、割と節操なく読み散らしている割りに、

思いつく本の題名が意外と少なくて(単に記憶力の問題か)、

心に残る本てそんなにないんだなというのが実感。

というより、来年からはメモとっておこうかな。

おまけに振り返ってみると、ベストセラーとか話題作、人気作家の新刊、

というのをほとんど読んでいない。

流行という点で乗ったといえるのは、古典文学の新訳ブームのみ。

これは、そこそこ読みました。

中でも、時間はかかったけれど、なんとか年内に読み終えて、

自分で自分を褒めてあげたいと思ったのが「カラマーゾフの兄弟」(全5巻)です。

ドストエフスキーを読むのなんて学生時代以来なわけでしたが、

さすがに読み応えあるし、長いとはいえ面白いですものね。

古典とか名作と言われる小説は、やはりストーリーはもちろん、時代背景、

キャラクター設定からして面白いのだと、改めて感じた一年でした。

そのほか、光文社古典新訳文庫で読んだのは、

「ドリアン・グレイの肖像」(オスカー・ワイルド)、「変身」(カフカ)

「恐るべき子どもたち」(ジャン・コクトー)「肉体の悪魔」(ラディゲ)などで、

村上春樹の新訳で読んだのが「ティファニーで朝食を」(カポーティ)、

ジョン・ケルアックの「オン・ザ・ロード」は新しく出た全集版で読み直しました。

このブログにも書いたフィッツジェラルドの「夜はやさし」も新訳でしたね。

新訳も出たけれどあえて旧訳で読んだのは「赤と黒」(スタンダール)、

旧訳の古めかしさが、古典文学の重量感たっぷりで、

じっくりと本を読む醍醐味を改めて実感させられ、

古典を読むことにはまったきっかけとなりました。

それと今は、「ムーミン童話全集」(トーベ・ヤンソン)を読んでいて、ようやく8巻、

あとは別巻を残すのみです。

改めて読んでみると、これ大人が読むべき本ですね。

孤独、自由、ここではないどこかへのあこがれ、喪失、不在、など、テーマが深いです。

  

日本の読み物では、なんといっても今年初めに、

武田百合子さんの「富士日記」(全3巻)を読み終えました。

もうすっかり百合子さん心酔者です。

古い本ですし、作者も故人ではありますが、

その天衣無縫なあり方が、日記の文章の中で、

ときに激しく、ときに優しく、生き生きと描かれている、

大切なものがいっぱい詰まった宝物のような本です。

 

あとは、日本人作家の新刊で読んだのは、

「サイゴン・タンゴ・カフェ」(中山可穂)、「風花」(川上弘美)

「宿屋めぐり」(町田康)くらいかな。

児童文学で、「頭のうちどころが悪かった熊の話」(安東きみえ)とか。

来年はもっと新作読むべきでしょうか。

でも、いま読みたいと思っているのは、「三国志」と「アンナ・カレーニナ」です。

また長いのを時間をかけて読みたい。けっこう癖になってるかも。

 

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2008年12月29日 (月)

2008年 劇場で観た映画

今年の仕事も無事終わりました。

やれやれというところで、

2008年の振り返りをカテゴリーごとにやっていきたいと思います。

まずは、いちばん簡単に終わる「映画」から。

とにかく、ほとんど劇場に足を運びませんでした。

劇場は劇場でも、別のところに通っていたためです。

来年は、きっとたくさんの映画を観ることになると思いますけど。

それにしても、映画好きを自認していた頃から思えば、なんという体たらく。

今年、劇場で見た映画は、たった6作品です。

少ないから観た順で、以下の通り。

 

1月26日

『スウィニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』(2007/アメリカ)

監督:ティム・バートン 出演:ジョニー・デップ、ヘレナ・ボナム・カーター

 

ティム・バートンとジョニー・デップの、いわゆる『シザー・ハンズ』コンビということで、

観ないわけにはいかなくて。いくら血みどろ、食欲がうせちゃうような内容でも。

実際は、血よりも、虫とかの不潔感の方が生理的にだめでした。

しかし、この作品、日本でも舞台化されているくらい有名なホラー・ミュージカルです。

ジョニー・デップをはじめ、みなさんちゃんと歌っていて、

それはそれで見ごたえ聞き応えありました。

恐ろしいお話ではあるのですが、実はとっても悲しいお話でもあり。

暗く、いかにもゴシック・ホラー風の映像で、とくに冒頭が印象的。

 

2月4日

『中国の植物学者の娘たち』(2005/カナダ・フランス)

監督・脚本:ダイ・シージエ  出演:ミレーヌ・ジャンバノワ、リー・シャオラン

 

宣伝写真とかコメントに惹かれて観にいったのですが、

ちょっとイメージ違いましたね。

実話をもとにした話らしく、封建的な男尊女卑の世界で出会い、

愛し合うようになった二人の女性の、秘められた関係と、その結末。

とにかく、映像は美しいです。

中国奥地の風景も、そこで愛し合う二人の姿も官能的です。

が、しかし、すべてをぶちこわす圧倒的な支配者たる男性達の存在。

まあ、そういう映画なんですけど、そういうのが観たかったわけではなく。

女性二人のうち、植物学者の娘の方を演じたリー・シャオランがよかったです。

 

3月7日

『ラスト・コーション』(2007/中国・アメリカ)

監督:アン・リー 出演:トニー・レオン、タン・ウェイ

 

日本軍の占領下にある上海を舞台にした作品で、

日本軍に加担する特務機関の男と、抗日運動に身を捧げた女子学生の、

だましだまされているはずが、どろどろの性愛に溺れていく様が、

非常に濃厚かつ執拗かつ生々しく描かれていて、

うっとうしいかと思うと、案外そうでもなく、

哀しい、ひとつの愛の形をみるようで、せつない後味の力作でした。

渋い顔をしつつ、あらゆる体位で、しつこく攻め続けるトニー・レオンが、

少し年をとったなと思いつつ、やっぱり、とってもセクシーでした。

 

5月16日

『歩いても歩いても』(2007/日本)

監督:是枝裕和 出演:阿部寛、夏川結衣、樹木希林、原田芳雄

 

この作品は、試写で観ました。

小津安二郎の映画が好きなんですが、はっきり言ってこれは、

似て非なるもの、という印象を受ける作品でした。

淡々と、ある家族のありさまを描き、いつかどこかで観た風景、場面に、

自分の家族の風景を思い起こさせるような作品・・を目指したのでしょうか。

それにしては、なんだかザラザラした後味の悪さが残り、

人間のエゴとか業とか、嫌な部分ばかりがひっかかって、

たぶん、それが作者の意図だったのだろうとは思うのですが、

それらを浄化するような場面とか、演出があればよかったのに、と思いました。

  

7月24日

『チェブラーシカ』(1969~1983/ロシア)

監督:ロマン・カチャーノワ

この大好きな映画については観た直後に記事を書いたので省略します。

 

12月15日

『レッドクリフ part1』(2008/アメリカ・中国・日本・台湾・韓国)

監督:ジョン・ウー 出演:トニー・レオン、金城武、チャン・チェン

こちらも同様ですね。これが今年観た最後の映画でした。

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2008年12月25日 (木)

メリー・クリスマス! 祝CD発売!

またまた日付が変わってしまいましたが、昨日、12月24日クリスマス・イブに、

安蘭けい初ソロCD『蝶~Butterfly~』が、発売されました!

タワーレコードで買えば、1月15日に渋谷で行われる、

インストアライブの抽選券がもらえたのですが、

とっくにネットで予約していたし、15日も絶対行けない日だったのであきらめました。

シンガー安蘭けいの晴れのステージなのに。

でも、DVD付の初回限定盤で、とりあえず満足。

収録曲は以下の通り。

1.蝶~Butterfly~(作詞:市川喜康 作曲:中村タイチ)

2.DREAMER(作詞:渡辺なつみ 作曲:本間照光)

3.異邦人(作詞・作曲:久保田早紀 編曲:中村タイチ)

 

「蝶」は、ジャズテイストの乗りのいい楽曲で、最初聞いたときは、

多少違和感がありました。とうこさんの歌のイメージじゃない気がして。

やっぱり、どうしても、あの透明感ある、温かみのある、癒し系の美声には、

バラードでしょ~って感じで。

でも、まあ、カッコイイです。

違和感があった、もうひとつの理由は、やっぱり「女言葉」だったからかな。

だって、今までの歌って、みんな男役としての歌だから。

「~~だわ」とか歌われると、和田アキ子みたい~とか思ってしまって。

ほんと、失礼ですね。ゴメン!とうこさん(和田さんも)。

でも、まあ(こればっかり)、作り手の方々は、とうこさんを通して、

理想の女性像みたいなものを表現したかったらしいです。

とにかく乗りはいいので、自然と口ずさんだりしているので、けっこう好きなのかも。

2曲目の「DREAMER」は、スローな癒し系のきれいな曲です。

歌詞が、今のとうこさんにリンクするような内容で、しみじみと聞き入る感じ。

で、3曲目がいちばんフィットするのですが、

なんといっても、ファンなら熟知している、これはとうこさんのカラオケ18番。

往年のヒット曲のカバーです。

初のソロCDで、いちばんいいのがカバー曲って、なんだかなあ~とは思いますが、

いいものはいいということで、とうこさんの声によくあっているし、

さすがに歌いこんでいる感が心地よく、でも生で一番聞きたいのは2曲目かな。

また、聞き込んでいくうちに変わっていくかもしれません。

 

さて、特典映像入りのDVDですが、レコーディング風景、撮影風景が収められています。

ちょっとした表情とかが、かわいくてですね、楽しい!

最後のサプライズで、誕生日のお祝いに駆けつけてくれた同期に、

マジに驚いているとうこさん。うれしくて、素ではしゃいじゃってる姿が可愛すぎる!

あ~、こんな姿、ちょっと前に見たな~と思ったら、

ほんとうに、ちょっと前に見たばかりの、「タカラヅカスペシャル~La Festa」

(12月21日、六本木の映画館でのライブ中継を観ました)

とうこさんにとって、宝塚での最後の各組参加による合同イベント、

トーク場面での、「なにをしてもいい」というお墨付きをもらっての、やりたい放題、

長年お世話になった先輩や、仲のよい下級生に囲まれ、

自分をなげうって笑いに走っていました。

その姿は、「おもろうて、やがて悲しき・・」という精一杯の姿で。

なんていとおしい人なのでしょう。

はしゃぎまわったあと、誰よりもさみしさを感じていたはずです。

でも、このDVDの収録は誕生日のあたり、つまり10月頃なので、

やっぱり、まだ、それほどの寂寥感はないはず。

純粋に、無邪気にはしゃいでる姿がほほえましいです。

 

それにしても、宝塚での最後の~というのが、次々に終わっていき、

インストアライブに行けないとなると、残すはサヨナラ公演のみとなりました。

退団者もすべて発表され、「終わり」に向う、なんとも言えない気持ちです。

「終わりは始まり」と言いますが、まずは「終わり」を「終わり」として、

しっかりと受け止めていきたいと思います。

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2008年12月24日 (水)

ともに最後のときを!

日付が変わってしまったので、昨日ということになります。

宝塚歌劇団星組の次回公演の集合日、同公演における退団者が発表になりました。

すでに発表されている、安蘭けい(とうこさん)、遠野あすかを含む10名。

そのなかには、立樹遥さんの名もありました。

ベルナール編の役者語りの最後に、立樹さんのことを書いたばかり。

あと一公演、とうこさんをよろしく、と書いたのに、同時退団となりました。

ほんとうに、最後までいっしょに行動をともにしてくれるのですね。

もちろん、立樹さんには立樹さんの想いがあり、このときと決めたのでしょう。

でも、とうこファンとしての、しいちゃんへの感謝の気持ちは、

もう言葉で表せないほどに大きなものです。

思えば、プレお披露目の『ヘイズ・コード』では、親友の役でした。

ほんとうに思いやりがあり、頼りがいのある、いい奴でした。

不器用な生き方をする主人公をあたたかく見守る友の役そのままに、

声が出なくなるという舞台人にとって最悪のアクシデントに見舞われたとうこさんを、

しっかりと支えてくれました。

どんなときも、あの笑顔が「大丈夫」といってくれているようでした。

ラル様、ほんとうに、ありがとう。

「とうこさんがトップになれたのが、ほんとうにうれしい」

「とうこさんを支えたい」

いつも、そう言ってくれた。

そんなしいちゃんを、とうこさんは全面的に頼りにし、ときに甘えていました。

組の中では三番手だったけれど、実質的なとうこさんの片腕だったと思います。

全ツの神奈川県民ホールの二人が思い出されます。

あれは、ほんとうに幸せなときでした。

横浜出身のしいちゃんに、とうこさんもここぞとばかりに話をふり、

あいさつのはずが、二人のトークショーのようになっていました。

しいちゃん、うれしそうだったな~。

あの全ツは、とうこさんにとって「今までありがとう、そしてさようなら」の、

あいさつ回りだったように、しいちゃんにとっても、そうだったのですね。

二人とも、それぞれ出身地に行けて、ほんとうによかったね。

 

二人にとって、宝塚での最後の公演のお稽古が始まりました。

タイプは違うけれど、ともにこれまで培ってきた男役の芸の集大成を見せて欲しい。

そして、最後のときまで、ともに高めあい、支えあい、絆を深めてください。

今回は、立樹さんのことしか書きませんでしたが、

いっしょに退団する一人一人に、想いがあります。

心して、見届けるつもりです。

 

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2008年12月21日 (日)

ベットの幼児性~彼女が恐れるもの

『The L Word』シーズン4のバスケシーンは、何度見ても声を出して笑ってしまいます。

なんといってもベットがおもしろすぎる。

怒りまくるベットに、「おどかさないでよ」というジョニーもかなりおもしろいのですが。

たかがバスケの試合に、ムキになっちゃうベットって、ほんとうに子ども。

まわりはたまらないなと思うけれど、かわいい女性だなとも思います。

 

『The L Word』S1~S4まで観て、改めて思ったこと、

それは、このドラマが「ベット・ポーターの物語」なんだなということです。

もちろん、群像劇であり、さまざまな人生模様を描いているわけでもあり、

けっして少なくない人数のキャラクターが、ドラマを成立させているのも確かです。

それでも、これは、やはり「ベット・ポーターの物語」なのです。

あのベットの、何ごとにも負けたくないという気性は、

単に勝気とか負けん気とかいうよりも、はっきりいって幼児性なのではないでしょうか。

なぜ、あんなに頭がよく、有能で、すばらしいキャリアを持つ女性が、

しかも美人で友達思いの女性が、自分の感情もコントロールできないほどに、

子どもなのでしょう。

そういうキャラクターを主人公にしたところに、このドラマの肝はあると思うのです。

 

大人になるということは、世界は自分中心に動いているわけではない、

他者との関係の中で、成り立っているのだと知ることだと思います。

その意味では、ベットは「ベットの世界」にいまだ生きている子どもなのです。

コントロール・フリークと言われるのも、そのためです。

そんなベットの幼児性は、多くの人を引きつけもしますが、ときに傷つけます。

でも、自分は傷つきたくない。

追い詰められたときほど、ベットの逆襲はすさまじいものとなります。

傷つかないように、無意識のうちに、保身が働く、自分を守る、殻に閉じこもる。

母親の胎内に回帰する幼児のように、小さくからだをまるめて。

完璧な鎧のような外見の奥底に在るベットの姿は、そんなふうに見えるのです。

 

ベットは母親を早くに失っています。

母親の像は、彼女の中で、とても曖昧で、抽象的なものとなっているのです。

無償の愛で、自分を守ってくれるものはいない。

おそらくベットは、強くあろうと自分に言い聞かせながら生きてきたのでしょう。

自立心が強く、完璧主義なのもその結果なんですね。

全面的に相手に自分をゆだねることは、おそらくベットにはできないのです。

(幼児にとっての母親とか、よっぽどの相手でないと誰しもできないことですけど)

守られるという概念も、無償の愛という概念も、もしかすると彼女にはないのかも。

これは少し言いすぎでしょうか。

もっと言えば、彼女は「愛」というものを知っているのでしょうか。

「愛」とは、その人を自分のものにすることではないことを。

それでも、無意識のうちに、母のような愛を求めたベットはティナと出会いました。

ところがティナもまた、「自分の思い通りにならない」相手でした。

それは当たり前のことなのに、ベットにはそれが許せません。

子どもだから。

パートナーは、おもちゃやアートじゃない、意志を持つ人間なのに。

ティナを失って、自分のものだったものを失う喪失感にベットは傷つきます。

アンジェリカに執着したのも、そのためです。自分のものだから。

普通なら、このあたりでベットは大人になるべきでした。

喪失というものは、人を大人にしていきます。

ところが、ベットは大切なものを「失った」とは思わないように、

自分で自分の感情を操作してしまったのです。

ティナは「失った」のではなく、自分の世界から「去って」いったのだと。

悪いのはティナなのです、自分ではない。

だから、最初は悔しくて怒り狂ったけれど、許してあげます。

「今でもあなたを愛している」「わたしは間違ったのかもしれない」

というティナに、「そんなことは考えちゃいけない」などと寛大に言うのも、

だからこそです。

許すことで、喪失感をなかったものにしてしまったのです。

「わたしは何も失っていない、ほら、新しい恋人もみつかった」というわけ。

ちょっと意地悪な書き方をしてしまいました。

 

で、ここから先が少し迷路にはまりこんだ感じなのです。

ジョディと出会ったベットは、恋に落ちていきます。

そうですね、ことごとく自分にさからうジョディは、ティナとは正反対です。

最初から「自分の思い通りにならない」女性です。

なのに、どうしようもなく惹かれていく。

怖いものに近づいてしまう子どものように。

ついにジョディに降伏宣言をしに行くベットは、手話で、「あなたが怖い」と伝えます。

「あなたを愛することが怖い」のか、

「あなたを愛せるかどうかわからない」から怖いのか。

もしかすると、もっと単純な意味で、「愛し方がわからない」からとか。

はじめてのことに挑戦するときは誰でも怖いものです。

でも、恋が初めてなわけでもないのに。

あるいは、こんなふうに考えます。

全面的に相手に自分をゆだねられないベットは、つまるところ、他者が怖いのです。

自分以外の他者のことは、わからない、心が読めない、疑わしい、怖い。

でも、「怖い」とはっきり口にしたベットは、たぶん一歩前進なのです。

ジョディが、ベットに「さあ歩いてごらん、怖くないよ、ここまでおいで」と、

手を差し伸べたからです。

「怖いと思うことほど、立ち向かわなければならない」とジョディは言います。

泣き出してしまうベットは、ほんとうに赤ん坊のようです。

ジョディの前で弱さをさらけだし、その手の中に身をゆだねます。

一度は、そうでした。

しかし、付き合い始めた途端に、もう相手のことがわからなくなって、

疑わしくなって、怖くなってしまうのです。

シーズン4のラストで、ベットはティナのアドバイスのもと、

(自分ではどうしたらいいかわからないから)

一度はこじれたジョディとの関係を振り出しに戻します。

でも、この時点で、どうやらベットは他者がわからない以上に、

自分がわからなくなっているみたいなのです。

自分がほんとうは何を求めているのか、何が怖いのか。

つまり、彼女が恐れているのは、自分自身なのかも。

 

ドラマは、いよいよ核心に入っていくことになります。

ベットがベットであるところの自信を取り戻し、

他者を他者として受け入れ、尊重し、

彼女らしく歩いていくために必要なもの、それがなんであるかを、

自分自身で決められるのか否か。

S5の物語の方向性については、薄々は知っています。

で、正直言って、とても不安です。でも、こればかりは観てみなくてはわからない。

安易な結末でないことだけを祈ります。

って結末は、S6まで、さらにお預けなんですよね。

 

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2008年12月16日 (火)

命よりも義

トニー・レオン(周瑜)も金城武(孔明)もチャン・チェン(孫権)も、

カッコイイぞ、男たち!

命よりも義を重んじ、愛と友情と祖国への忠誠にすべてをかける。

 

「男たちの挽歌」シリーズのジョン・ウー監督、というより、

いまやハリウッドのアクション映画の巨匠が、念願の「三国志」を映画化!

『レッドクリフPartⅠ』を観てきました。

もう超絶おもしろいです、三国志。

いま、読みたい本のナンバー1ですね。

「三国志」とは、改めて書くまでもないのですが、

1800年前の中国を舞台にした、魏・呉・蜀の三国時代のお話で、

史実である一方、スーパーヒーローたちが活躍する物語として、

小説や漫画、ドラマやゲームなどにもとりあげられています。

日本では、NHKの人形劇とか横山光輝の漫画などが有名かも。

今回の映画化では、漢の最高権力者となり、

皇帝まで操るほどの力を持った曹操に対し、

蜀の劉備軍と呉の孫権軍が同盟を結んで立ち向かった、

「赤壁の戦い」を描いています。

水陸両面から攻めてくる曹操の軍80万人に対して、

5万の同盟軍が赤壁で待ち受ける。

とうてい勝ち目はないとしかいえない状況ながら、

同盟軍には、とんでもないヒーローがたくさんいるのです。

このあたりの、それぞれの活躍ぶりがおもしろすぎる!すごすぎる!

知力と心で人を動かす名軍師・孔明と、名司令官・周瑜。

一人で一万人分とか言われる超人的な名武将、帳飛、関羽、趙雲。

「三国志」がいまでも人気があるのは、こうした英雄の活躍ぶりに、

ワクワクさせられ、まさに血沸き肉踊る興奮が味わえるからだと思います。

ジョン・ウー監督といえば、泣けるアクション映画、はっきりいってかなりウェットです。

これは香港ノワールだかこその世界観だと思っていましたが、

ハリウッドにいっても、やはりジョン・ウー節は健在で、

「フェイス/オフ」にしても「ミッション・インポッシブル2」にしても、

ど派手なアクションを展開しつつも、ハリウッド映画とは思えないウェットな演出、

情緒たっぷり、思い入れたっぷりに男たちは苦悩し、

愛ゆえに、義ゆえに戦いに赴くのです。

背中の桜吹雪が泣いてるぜ・・・。

(このあたり遠山の金さんとか唐獅子牡丹とか激しく混同)。

あ~、ジョン・ウーって、なんて浪花節なんでしょう。

だから、日本でも人気あるんですよね。

香港映画時代のジョン・ウー映画の看板役者であるチョウ・ユンファって、

まさに、日本の高倉健ですものね。

で、両方とも好きなんです、はっきりいって。ジョン・ウーも高倉健もね。

だから、今回の映画でも、君主の妻子を救うために単身敵地に駆けつけた趙雲が、

背中に赤ん坊をくくりつけて敵と戦い、疵だらけになりながらも、

君主のもとに赤ん坊を届けるくだりとか、

敵に取り囲まれ、絶体絶命の危機に陥った関羽が、

我が軍の旗が無残に踏みつけられているのに怒り、

ありえない力を発揮して、敵の大将である曹操の目の前に躍り出たかと思うと、

殺せる相手を殺さずに、我が軍の旗を持って悠然と去っていく場面とか、

これをヒロイズムといわずになんとする、というシーンの続出で、

どんなにブサイクでも、これぞ男がほれる男の中の男たち!

と思わず快哉を叫んでしまうことうけあいなのです。

いや、ちょっと筆が滑りましたが、けっしてブサイクではないですよ。

ただ、トニー・レオン、金城武、チャン・チェンの三大美形俳優が、

主役にど~んといまして、そっちはそっちで眼福ですので、

こっちはこっちで、ど~んと男気で魅了していただいていいのです、ってことです。

いやいや、とにかく楽しいです。

おまけに、というか、思いがけず「三国志」なのに(よく知りもしないで偏見でした)、

登場する女性が、少ないながらとっても魅力的なのですよ。

まずは、周瑜の愛妻・小喬、絶世の美女といわれた女性です。

なんといっても、この作品の実は隠れテーマといってもいいのは、

曹操という、歴史的にみればもっとも偉大な業績を残したといわれるこの武将は、

一度見ただけで恋焦がれた一人の女性を我がものとするために、

80万の軍を率いて呉に攻め入るのですが、その女性が小喬なのです。

つまり人妻。なんとまあ、あきれた男です。

ですが、その小喬が、ほんとうに美しく、かわいらしく、賢明な女性で、

夫である周瑜との仲も、まことにむつまじく、こんなむさくるしい映画に、

しっとりとしたラブシーンがあるのですよ。ジョン・ウーったら。

小喬を演じたのは台湾の人気モデル、リン・チーリンで、これが女優デビュー。

ジョン・ウー監督が見初めたらしいですが、ほんとうに綺麗です。

透明感があって、品があって、凛とした感じもあって。

ラブ・シーンの名手でもあるトニー・レオンともお似合いで、

ちょっと二人の場面はトーンが違ってドギマギしてしまいます。

もうひとりの魅力的な女性は、孫権の妹、尚香。

優柔不断な兄と違い、勝気で度胸が据わっていて、戦地にも自ら赴く女傑です。

孫権と劉備が同盟を結んだことから、劉備の後添えにどうかという話が出たときの、

尚香の対応は胸のすくものでした。

そのあと、孔明に「女性が政略結婚に使われることが許せない」という尚香。

原作はどうかわかりませんが、孔明と尚香にはロマンスの兆しがあるような。

とにかく、今回はpart1ということで、いよいよクライマックス!

というところで終わっているのです。

曹操の率いるものすごい数の水軍に対し、孔明と周瑜はどんな策をとるのか、

周瑜は曹操の魔の手から小喬を守り抜くことができるのか、

孔明と尚香はどうなるのか、

帳飛、関羽、趙雲のうち、誰か死んじゃうのか、

あ~、続きが見たい! なのにPart2が2009年4月って・・。

 

何千というエキストラを使って、戦の陣を再現した演出力、

CGを使っただろう、長江に何千という船が浮かぶ圧巻の映像、

ワイヤーも使いました、馬上エビ反りもあり、スローモーションもあり、の、

香港映画(ジョン・ウー)お得意のアクロバット・アクションの数々。

それに負けず劣らず、俳優達個々の魅力も惜しみなく発揮。

ザッツ・エンターテインメント「レッド・クリフ」は、とにかくおもしろいです。

 

RED CLIFF レッドクリフ PartⅠ

監督/ジョン・ウー

アクション監督/コリー・ユン

2008年/アメリカ・中国・日本・台湾・韓国

 

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2008年12月13日 (土)

ベルナール編 役者語り(完)

さて、宿題をやってしまわなければ、先へは進めません。

時間は、もうあまりないのですから、ね。

 

今回の全国ツアーで、ますます感じたことのひとつは、

とうこさんの、立樹遥さんへの信頼と愛情です。

とうこさんの方が上級生なのに、すっかり頼りにしているし、ちょっと甘えている。

そしてまた、立樹さんの包容力ときたら、これこそ男役の理想形を思わせるほど。

繊細なタイプのとうこさんと並んで、ほんとうに頼もしく、

あっぱれな男役に成長したと思わされました。

なんといっても、あの体格と太陽のような笑顔。

からだも心もでっかいぞ~という感じが、もう好感度抜群です。

そんな陽の魅力の立樹さんが、今回挑戦したのが、

オスカルの影として生きたアンドレと、

オスカルの意志を継ぐことだけのために生きている片腕の将軍こと、アラン。

こんな二役ありえない、と思いました。

でも、これもうれしい誤算のひとつで、二役ともすばらしい役作りでした。

アンドレとしては、はっきりいって見せ場らしい見せ場はなく、

オスカルを思って歌うソロ「愛の墓標」があるのみ。

にもかかわらず、さりげない会話に、オスカルへの愛情の深さや、

気持ちのほとばしりを抑えた大人の魅力が感じられ、

「今宵一夜」の場面もないのに、オスカルとの愛の成就も納得させられるほど。

宝塚版アンドレのイメージを、ある意味くつがえした大らかな雰囲気も、

なんだか、しいちゃん(立樹)らしいなとほほえましかった。

そして、さらにほほえましかったのは、実のおばあちゃんであるマロングラッセを、

同期の美稀千種さんが演じていたこと。

このみきちぐマロングラッセのかわいさときたら!

まさに漫画から抜け出てきたようなマロングラッセで、

オスカルにすがって泣く場面など、絶品でした。

この同期二人の場面には、そこはかとない、あったか~い空気が流れ、

もしかしたら、二人にとっても、すごくうれしいことだったのではないかなと、思ったり。

宝塚の同期って、そういうものなんですよね。

 

そして、もうひとつの役、アラン。

フランス革命では衛兵隊の一員として、オスカルのもとで戦い、

そのときに失った片腕ゆえに、のちに将軍になってからは、片腕の将軍と呼ばれる。

花組バージョンでは主役だった、このアランを、

立樹さんは、フランス革命から10年後の、たった一場面で、

アランがこの10年をどんな思いで生きてきたか、

そして、いま何を思っているか、すべて演じきりました。

ベルナールに「誰がオスカルの意志を継ぐのだ」と言われたアランの、

「俺だ、俺がやる」というセリフに込められた強い決意。

そして、ひとりナポレオン暗殺に向うアラン(その場面はないのですが)。

堂々たる風格、その胸に秘めた想いの熱さ、激しさ。

最後の最後に、手紙の声ににじむ、限りない優しさ。泣かされました。

 

残された日々も

抱きしめる愛

私の愛に墓標はない

 

とうこさんがトップになれた星組に、しいちゃんがいてくれたこと、

とても感謝しています。

 

めぐり逢いは悲しい奇跡

避けられない運命

 

いま思えば、ともに雪組にいた二人が、時を経て、星組で再びめぐりあったこと。

それは、とてもすてきな奇跡であり、そうなる運命だったんですね。

しいちゃん、ほんとうに、ありがとう。

あと、一公演、どうか、よろしくお願いします。

 

これにて、星組全国ツアー「外伝ベルサイユのばら~ベルナール編」

役者語りもろもろ、完了です。

(あ、でも、音源の配信が始まったり、DVDが発売されたりしたら、

また語ってしまうかも、です)

 

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2008年12月10日 (水)

ベルナール編 役者語り(3)

2008年12月7日、岡山にて、

星組全国ツアー「外伝ベルサイユのばら~ベルナール編」千秋楽!

 

ほんとうに、終わってしまったのですね。

友人が送ってくれた全ツ千秋楽のニュース映像を見て、

さみしさと、すがすがしさとが交じり合った余韻に浸っています。

何より、とうこさんが元気で、幸せに、千秋楽を迎えたことを喜びたいと思います。

あいさつにもあったように、本人も不安だったようですが、

ファンも不安でした。でも、蓋を開けてみれば、

なんて幸福感あふれるツアーだったことでしょう。

もちろん、寂しさは、ないと言えばうそになります。

宝塚を卒業しても、追い続け、見守っていくつもりなので、会えなくなるわけではない。

でも、またしても、今回の公演で、男役としてしかかもし出せないような、

包容力や優しさや、熱さやせつなさを見せつけられ、

もっと見ていたい、もっと、もっと・・という想いがつのるばかりです。

 

「男役」って、ほんとうに不思議ですね。

ものすごく不自然なことをしているのに、

そこにナチュラルさやリアルさを感じることができる。

もちろん、それは稀有な役者である、とうこさんならではなのかもしれません。

女性であるとか、男性であるとかの、装いを脱ぎ捨てて、

裸の人間を演じられる、唯一の存在なのかもしれません。

事実、私たちは、男性であるベルナールが、愛し始めた女性であるロザリーに、

静かに自らの生い立ちを語るとき、人の孤独と愛への渇望と、生きることの苦しさに、

知らず知らず引き込まれていくのです。

そこに、演じる実は女性である安蘭けいは存在せず、

男性であるベルナールも存在せず、

傷ついた魂だけが浮かび上がってくる。

「生きていてもいいか」、とも聞こえる、

「好きになってもいいか」というセリフに心が震えてしまうのは、

それが単に男性から女性への告白だからではなく、

ベルナールというひとりの人間の、傷ついた魂が救いを求める叫びだからです。

つまり、ベルナールにとって、ロザリーとは、

まさに自らを生へ産み出した母性であり、すなはち生への象徴なのです。

「マザーコンプレックスのベルナール・シャトレ君には、

優しい君の愛が必要なんだそうだ。ついていってやるか」

オスカルの言葉に憤慨しながらも、ベルナールは言います。

「いっしょにきてくれるか」

深い想い、限りない愛をこめて。

ここで、大方のファンは思うのです。

「どこまでも」と。痛い!

 

まじめに語るつもりが、続かなくなってしまいました。

これで書き納めにするつもりだったのですが、改めることにします。

まだアンドレとアランの二役を見事に演じた、しいちゃん(立樹遥)とか、

マロングラッセを、これまた原作そのままに演じた美稀千種さんのこととか、

書き残しておかなければ!

それが「残された者が、残すべきもの」・・とかいいつつフェイドアウト。

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2008年12月 1日 (月)

忘れえぬ人 忘れえぬ日々

終わってしまいました。

全国ツアー「外伝ベルサイユのばら~ベルナール編」「ネオ・ダンディズムⅢ」。

29日・30日、神奈川県民ホールでの二日間、マイ千秋楽でした。

星組ご一行様は、あっという間にバスに乗り、次なる地へと向いました。

静岡、香川、そして最終地の岡山まで、どうぞお元気で!

 

というわけで、またひとつ。

卒業へのカウントダウン、無情にも確実に、その数は減っていきます。

でも、最後に見たマイ・スター安蘭けい様は、楽しそうに幸せそうに笑っていた。

この二日間、極上の舞台を堪能させてもらいました。ありがとう!

お芝居もショーも、キラキラキラキラ、綺麗でカッコよくてセクシーで。

あたたかくて、やさしくて、癒されて。

ドキドキしたり、うっとりしたり、笑って泣いて。

ホール前の銀杏並木が黄金色だったこと、

山下公園のベンチで冬のあたたかい陽を浴びていたこと、

全部あわせて、忘れられない思い出になっていくのでしょうね。

 

「思いを込めて ひとつひとつ 刻み込んでいこう」

(永遠のオベリスクより)

 

「外伝ベルサイユのばら」のベルナールは、ナポレオン暗殺を決意しながら、

彼を巻き込みたくないというアランやロザリーの捨て身の嘘のために生き残ります。

「私が嘘をつきました」とロザリー。

「裏切ったのは俺だ」とアラン。

二人が新聞記者であるベルナールに託したのは、

革命の時代に生き、死んでいった人々の物語を伝えていくという使命。

ロザリーは涙ながらにベルナールに訴えます。

「この混乱の時代にわたしたちだけが生き残りました。

残されたのです。生かされているのです」と。

残された者が、残すべきこととは。

インタビューの中で、とうこさんは、この場面が自分自身に重なると言っていました。

同じ年に宝塚音楽学校に入学した77期生。

とうとう、その最後のひとりになった、まさに生き残りのとうこさん。

「残されたのです、生かされているのです」

そんな思いを込めたベルナールの決意。

生きて、書き続けることで、この革命のことを、死んでいった人々のことを、

後世に伝えていくのだと。

そのとき、舞台後方に、この物語を生き、そして死んでいった人たち、

オスカル、アンドレ、アントワネット、フェルゼンの姿が浮かび上がります。

外伝三部作の完結、そして宝塚版「ベルサイユのばら」は、

こうして大団円を迎えて幕を閉じます。

「永遠に輝け 革命のオベリスク」

すばらしい幕切れでした。

 

ショー「ネオ・ダンディズムⅢ」(作・演出 岡田敬二)についても書いておかなければ。

とにかくこのショーは、もともと星組の前トップさんのサヨナラ公演のショーでした。

それを、とうこさんの博多座公演のショーとして手直ししたのが、

「ネオ・ダンディズムⅡ」。新たに他組のショーから好評だった場面、

「明日へのエナジー」と、とうこさんのソロ「ボコシプタ」が加わりました。

で、今回のⅢは、どこがⅢかというと、とうこさんのソロが、

「オール・バイ・マイセルフ」に替わったということ(だけ)。

でも、さらにサヨナラ仕様のショーになり、ファンにとっては、

とても身に染みるショーになるはずでした。

いや、もちろん、しんみりモードもあるにはあるのですが、

なんといっても、あまりにもすばらしい歌、ダンス、場面の連続で、

ビジュアルがまた完璧に美しく、まさに陶酔の世界、

楽しい場面もあり、地方公演ならではのアドリブあり、

楽しくて、幸せで、そして感動し、あっというまに終わってしまうのです。

気がつけば、同時退団となった二人が、

やさしい笑顔をかわしながら「真情真美」を歌い、寄り添っている。

「愛してる~」と、とうこさんが歌えば、

「翼かさね 飛び立つのよ~」と、あすかちゃん。

 

なんだか、ほんとうに幸せな公演でした。

このまま時間が止まればいい・・・と思うほどに。

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